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最終回 ドロウ
酒場のカウンター席に座り、酒の注がれたグラスを見つめる。
ゆらゆらと揺れる透明な液体を見ていると、これまでのことを思い出すようだった。
「あら、こんなところにいたの」
背後から声をかけられる。
聞きなれた声だ。
「ミズキか」
振り返らず、声の主の名前を呼ぶ。
「隣、いい?」
一応の許可を求めつつも、俺の返事を聞くことなく隣の席に座る。
ちらり、と横を見る。
黒い瞳に黒い髪。どこかミステリアスな雰囲気を纏った美女は、ニンジャのミズキだ。
「彼女に蜂蜜酒を」
俺の言葉をバーテンが聞き、ミズキの前に置かれたグラスにオレンジ色の酒が注がれる。
「どうしたの? 奢ってくれるの?」
「いつかの借りだ」
ミズキがグラスを手に持ち、俺と目を合わせる。
「じゃあ、こっそり悪党を退治した英雄に」
グラスをこちらに掲げるミズキ。
俺も少し口元を緩めてグラスを合わせる。
キン、と子気味のいい音を奏で、透明とオレンジの液体が揺れた。
お互いにアルコールを一口、口に含む。
そこから最初に喋ったのは俺だった。
「お前が渡してくれた『夜汐璃』、ちゃんとブラベスに効いたよ」
「そう」
特に感慨もなく、ミズキは返事をしてまた一口、蜂蜜酒を飲む。
そう。彼女こそが大蛇一族唯一の生き残り、そして真魔王ブラベスを打倒するために必要だった最後のピース、毒薬『夜汐璃』を俺に授けてくれた。
彼女がいたからこそ、あの真魔王を倒すことが出来たんだ。
「……怒らないの?」
今までにない口調でミズキが言う。
「うん? なんのことだ?」
「だって、私は一族の敵討ちを貴方にさせたのよ? そのせいで貴方の人生は変わってしまったのに……」
「そんなことか」
一口、酒を口に含む。
アルコールが強い酒が喉を熱くする。
「お前には感謝しているんだ。毒薬だけじゃない。俺に戦う理由をくれた、変われる機会をくれた」
「……」
ミズキは黙り込む。
確かに彼女は一族を皆殺しにしたブラベスを怨んでいた。だから殺す手段として俺を選んだ。
俺を焚きつけ、仇をとる為の剣にしようと考えた。
でもそんなことはいいんだ。彼女がいなければ、俺はあのまま酒に溺れるだけの惨めな人生を歩んでいたに違いない。
彼女の言葉で俺は立ち上がり、修行して、知識を得て、そして真魔王を倒した。それが全てだ、それでいいんだ。
グラスに残っていた酒を飲み干し、立ち上がる。
「よし、行こうミズキ」
「えっ?」
ミズキが困惑する。無理もない。
俺が何を考えているか、恐らく思いつきもしないだろう。
「これから故郷に帰るつもりだろ? そして戦乱の続く極東の国を救うんじゃないのか。一族の復興は無理でも、豊かで平和な国にしたい。そう考えてるんじゃないのか? だから、俺に手助けをさせてくれ」
「まって、私は貴方を利用していたのよ? それなのにそこまでしてもらうの訳には……」
「いいんだ、俺が決めたことだ。それに魔王軍の残党もやってくる。立ち向かうには国単位の協力が必要だ。――これから忙しくなるぞ」
「ドロウ、貴方……」
ミズキは目を伏せ、少し考える。そして顔を上げ真っ直ぐ俺の瞳を見た。
「勇者の事は、もういいの?」
「ああ、俺の使命はエイタに勝つことじゃない。俺にしか出来ない、俺だから出来ることがあると理解した。そのために生きるのが大切だって気付いたんだ。それに……」
一度言葉を切って、あの夜を思い出す。エイタに負け、自棄酒に溺れていたあの夜を……。
「このくらいしないと、あの日の酒代には足りないからな」
その言葉を聞いて、遂に観念したのかミズキは呆れたように笑い、そして立ち上がった。
「いいわ。地獄の果てまで、共に歩みましょう」
真魔王を倒しただけでは俺の戦いは終わらない。
寧ろ大切なのはこれからだ。
きっと真魔王と戦うよりも複雑で、困難な日々がやってくる。
それでも俺は負けない。
ライバルに負けるよりも、自分に負けるほうがずっと辛いという事を、俺は知っているのだから。
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