12人が本棚に入れています
本棚に追加
不破《ふば》家にモンスターがやって来る
現代日本。
閑静な住宅街は、満天の星に照らされていた。
立ち並ぶ住宅の一つに、不破の家があった。家の前には“ふば税理士事務所”の看板が立っている。
今月も3日になった。不破家内では、臨戦態勢が整えられる。ご近所には内緒だ。
深夜3時に冷蔵庫から、魔物が出現するのだ。
剣士である、父フランツが陣頭指揮を取る。魔法使いの妻、ルイーゼは魔法で援護だ。
幼稚園に通う娘、紅羅羅も、剣と皮製の鎧で武装していた。しかし、母、ルイーゼが腕を握り締めていた。
「お母さん、手首痛い」
「ごめんね」
冷蔵庫に向って、大盾の上から顔を半分出す父、フランツが舌打ちした。
「静かにしろ、そろそろ3時だ」
フランツは普段、税理士だ。働きながら苦労して、税理士の資格を取得した。
ルイーゼはしゃがみ込み、目線を紅羅羅に合わせる。唇の前で人差し指を立てた。紅羅羅も、真面目顔でうなずく。
フランツは、どこの家庭にでもありそうな、白い冷蔵庫の扉をにらみ続けていた。フランツが腕時計をチラッと見る。
「あと1分で3時だ」
ルイーゼは、魔法使いの大きなステッキを握る手が汗ばむ。紅羅羅も体の真正面で、自分の身長くらいある剣を構えた。
静寂が家具の片付けられ居間を包む。三人の荒ぶる呼吸音だけが、室内の空気を振動させる。
ガチャリ!
冷蔵庫の内側から音がする。
「推定、ドラゴン。お母さん対ドラゴン戦用意!」
熟練戦士フランツの耳は、潜水艦のソナー並みに確かである。
ルイーゼが防御魔法を詠唱した。なお、彼女の日本における職業は、スーパーのレジ係だ。
「防御魔法、光あれ」
フランツの上空に、青い円形の魔法陣が現れる。魔法陣が消えれば、フランツの全身は、青い光が粒子となって包む。
勢い良く家庭用冷蔵庫のドアが開く。ドラゴンの顔が飛び出るが、角が引っかかっている。左右に首を動かしていた。しかし、冷蔵庫は全く揺れない。
フランツはフローリングの床を蹴り、飛び跳ねる。彼の剣はドラゴンの眉間に突き刺さる。ドラゴンは断末魔の悲鳴を上げてから、絶命した。首だけ出して、角は冷蔵庫に引っかかったままだ。
「紅羅羅ここから、動かないで」
ルイーゼは、紅羅羅を抱きかかえる。壁際で、バリケード代わりに倒してあるテーブルの裏側に紅羅羅をそっと隠す。
防御魔法が解け、額に玉の汗を浮かべたフランツは、剣を鞘に収めていた。ドラゴンの牙を持ち、冷蔵庫から引っ張り出そうとしている。
「お父さん、大丈夫?」
「力任せで出せるだろう、どうせ冷蔵庫壊れないし、傷もつかないし」
冷蔵庫から自慢の怪力でドラゴンを出す。頑丈な冷蔵庫はビクともしない。体長十メートル以上あるドラゴンを、足蹴にする。亡骸を無理矢理、室内で丸めていた。
「お父さん、ドラゴンの牙や鱗、魔法薬の材料になるからもらうよ」
「ああ」
フランツが手近にあった椅子を持ってきて腰かける。ひょいっと紅羅羅も顔を覗かせていた。ルイーゼから、魔法薬の作り方を教わるためだ。
最初のコメントを投稿しよう!