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…異常事態だ…。
目を覚ますと見知らぬ部屋にいた。
これだけなら
「飲みすぎか何かでいつもと違う部屋で目が覚めただけだろ?」
と思われるかもしれない。
だが、巨大な部屋の殆どが金色で覆われているとなれば話は別だろう。
金色でないのは今まで自分が寝ていたベッド、そこから少し離れた位置にある机とその上に置かれている瓶の本体、壁に固定されている引き出しが一つ開いた大きな戸棚、出入口らしき扉に付いているテンキーらしきもの…。
…そしてその近くをはじめ部屋中に無数に散らばる服を着た人骨…。
「お目覚めのようですね。」
…気付いていなかったが天井にスピーカーも取り付けてあったようだ。色は白い。
「今からあなたにはゲームに挑んでもらいます。拒否権はありません。」
スピーカーの声は言う。
…まずはこれが人間か録音かを確認するか…。
「そこの人骨はゲームの敗者の末路という訳か?」
…改めて観察して気付く。人骨のうち一体が来ている服…。三年ちょっと前に行方不明になった友人が着ていたものじゃないか…?
上も下も良く言えばユニークなデザインのもので、しかも上下が全く調和していない…。上下別々ならともかく両方揃っているとなると別人とは思えないが…。
「…まあ、ある意味敗者とも言えますね…。ゲームをクリアできずにこの空間に取り残された者達ですし…。」
「成程…。」
…これでスピーカーの声が録音でない事は判った。そしてもう一つ…。
「その発言からしてゲーム内容はこの空間からの脱出か?」
「…まあ、一応間違ってはいませんね…。」
スピーカーの声は続ける。
「クリア条件はこの部屋から抜け出す事。クリアできた場合は報酬としてこの部屋のものを持ち帰る事ができます。細かい点についてはご質問いただければ回答いたします。勿論、回答に虚偽は挿みませんが、ゲームの性質上回答できない質問もありますので、その点はご了承ください。何か疑問があればどうぞ。」
…成程…。まず確認するべき事は…。
「…質問は疑問が出たときにその都度行う事もできるのか?」
この場で全ての疑問をぶつけるのは難しいからな…。
「それは勿論。…というよりそういう想定ですし…。」
とりあえずは安堵。次に確認すべき事としては…。
「分かった。早速質問だが、このゲーム、クリアできた者はどの程度いる?」
難易度の確認は重要だろう。回答の前提条件になり得るからな…。
「…今のところ、四~五人程度ですね…。クリアできないわけではありませんのでご安心を…。」
…骨の数と比べてかなり少ない。要するにあの白骨達は虚仮威しではないという事か…。
そうなると別の疑問も出てくる。部屋を歩きながら訊いてみる。
「このゲームはどの程度の頻度で行っているんだ?」
「…?…大体月に一度程度ですが?」
想定より頻度が高いな…。
「クリアできた人間はここ数か月に集中していたりするのか?」
「いえ、適度にばらけていますよ。」
…そうなると矛盾が生じる。
…試しにぶつけてみるか…。
「疑問なんだが、何故この部屋には白骨死体しかないんだ?今までの説明だと腐乱死体もあってよさそうなものだが…。」
「…ああ、成程…。鋭いですね。…答えは簡単で、適切な処置で白骨化させているのですよ。…腐乱死体が転がってたらゲームに集中できないでしょう…?」
…間違ってはいないが、白骨死体はいいのだろうか…。人によっては気にすると思うのだが…。まあ、私は気にしないが…。
脱出口と思しき扉の前に立つ。金色の扉に取り付けられた十個の数字が書かれたテンキーについて訊く。
「これに数字を打ち込むのか?」
「…ええ、打ち込める数字は三桁までです。因みに一日二百回まで打ち込めますが、それを超えるとロックがかかり、日付が変わるまで打ち込めなくなりますのでご留意を…。切り替わりのタイミングはこちらから通知します。」
「今から切り替わりの時間までどの程度だ?」
「…まだ十二時間以上ありますね。」
「分かった。」
…数字は三桁。理論上千通りか…。百の位や十の位に0を打ち込むか打ち込まないかを考えても千百十通り…。全試行にかかる時間は五~六日…。
白骨を避けながら机に向かう。上に載った瓶の中身はショット金か…。
引き出しを開けてみる。色々入っているな…。
しかし、ビーカーのようなガラスの器具やゴム手袋、重量計、ティッシュ等の食べられないものが殆どで、食料品はなく、ペットボトルの水が一本のみ。プラスティックのコップは入っているが、食器や皿の類はなし…。
壁際の戸棚に移動する。開いている引き出しには鍵が取り付けられている。近付いて分かったが引き出しには番号が振られているようだ。鍵が刺さった引き出しは「79」…。
開いたままだと鍵は抜けないようなので閉めて鍵をかけようとするも、鍵は動かない。
「この戸棚はどういう仕組みになっている?」
「それは既定の重量以上のものが入っていないと鍵が掛からないようになっています。今開いている引き出しは机の上の瓶が入っていました。」
…という事はこの戸棚に食料は入っていないだろう…。…トイレもないようなのであっても困るかもしれないが…。
…とりあえずあの扉のテンキーはダミーだろう。確か人間は水があれば五~六日程度は生存できる筈だし、総当たりでクリアできるならクリア率はもっと高い筈だ。答えがないのか答えが変わるのかは知らないが…。
改めて部屋を見渡す。目に飛び込む金色…。
「…ところで、これは金鍍金なのか?」
「いえ、純金ですよ。」
…正気じゃないな…。だが純金ならば…。
「この部屋の壁の厚さは?」
「壁は大体十メートル程度ですね。扉は二メートル程度ですが…。」
…幾らかかってるんだ、この部屋…。
しかし、いくら伸ばしやすいとはいえ、その厚さだと力技で破るのは難しそうだ…。
…他の金の特徴といえば…。
…………そういえば…。
机の上の瓶を戸棚に収め、鍵をかける。
鍵を取り外し、改めて戸棚を観察する。引き出しの番号は最上段が28~30、真ん中が46~48、最下段が78~80…。
「確か、隣か…?」
80の引き出しを開けると銀色の液体で満たされた大きな瓶が複数…。記憶は正しかったようだ…。
「…ほう…。」
スピーカーからの反応を見る限り間違ってはいないだろう。
同じ引き出しに入っていた折り畳み式の台車を組立て、その上に瓶を乗せ白骨を避けながら扉の近くに運ぶ。
次に机の引き出しのゴム手袋をはめてビーカーを手に扉に戻る。
そして瓶の中の液体をビーカーで掬って籠の近くにかけてみる。ドロリと扉が少し溶けた。
「その行動に出た時間としては最短ですね…。鍵を無視した人は他にもいましたが…。」
鍵の周りに水銀をかけ、できた溝にゴム手袋で塗り込み溝を深くしていく。続けていくと意外と早く鍵周辺を溶かし切る事が出来た。
扉が開いた。外には無機質な廊下。
「おめでとうございます。ゲームクリアです。さて、あなたは何を持ち帰りますか?持ち帰りたいものを部屋の外に出したらこちらに伝えてください。」
スピーカーの声が言う。
「まだ、質問は可能か?」
「ええ、一応受け付けはしますよ。」
その答えを聞き、例の白骨の前に移動する。
「この死体の名前は分かるか?」
「…まあ、一応…。…えっと、確か…」
困惑したようなスピーカーの声が告げたのは友人の名前。
それを受けて、私はその白骨を廊下に運び出した。
「これで十分だ。」
「…本当に?」
困惑している様子のスピーカーの声。
「どういう偶然か知らないけれど、これ私の友人なんだ。結構残念な奴だったけれど、友人としてせめて供養はしてやりたい。」
「…成程…。承りました。それにしてもあなたはなかなかにユニークな方だ…。」
…どういう意味かは訊かないでおく。
「まあ、扉を切り取って廊下に出した猛者もいましたし、それに比べたら楽なものです…。それでは元の所へお送りしましょう…。」
その声とともに意識が薄れていく…。
…今更だが、もしかしてこれって夢か…?
意識を失う前にふとそんな事が脳裏に浮かんだ…。まあ、目覚めた時にその真偽は判るだろう…。
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