桜で花粉症になった日

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桜で花粉症になった日

 卒業式の日。  僕は桜の木を見上げていた。  僕は君に話したいことがあるんだ。  それは愛の告白かもしれないし、罪の告白なのかもしれない。  だから、少しだけ僕の話を聞いてほしい。  君に初めて出会ったのはいつだったろうか? 高校の入学式の日、新入生が玄関に向かう中、その波から外れ、校舎脇の桜に向かった。それは通学途中の道路から見えて気になっていたからだった。  そして、君は桜の木の下で風に揺られ花びらが舞う中、一人で立ち尽くしていた。  遠くから聞こえる喧騒(けんそう)とは別に取り残されたような静けさのある空間で、僕の靴が砂を踏む音が響く。  その音に振り向いた君は長い髪をなびかせ、すっと涙を流しながら、哀しそうな笑っているような顔を浮かべていた。 「なんで泣いているの?」 「花粉症なの」  僕と君は何となく笑い合った。 「君も桜を見に来たの?」 「僕は……そうだな、うん。僕も桜を見に来たんだ」 「そうなんだ。この桜はね、私のおばあちゃんが好きだったんだ」 「へえ」 「それにね、ここにはおばあちゃんが眠っているんだ」 「……なに、それ? 桜の木の下には死体が埋まっていると言うあれ?」 「そうだよ。ここには私のおばあちゃんが眠っている」 「えっ!?」  君は僕の顔を見ながら、からかうような笑顔を浮かべている。 「実際に死体が埋まってるわけじゃないよ。おばあちゃんの最期の願いでね、この木の根元に学校の許可を得て、骨の一部を砕いたものを埋めたんだ」 「それまたなんでここに」 「ここがおばあちゃんの思い出の場所らしんだ。おじいちゃんに告白して結ばれた場所らしくてね。そういうのって、なんかいいよね。だから、私の目を通じておばあちゃんにまた桜を見せているんだ」  君は嬉しそうに笑う。その顔に僕の視線は外せない。 「君も新入生なんだよね? 私もなんだ。これから三年よろしくね」  そう言うと君は足早に去っていった。一人取り残された僕は予鈴のチャイムが鳴るまで、憑りつかれたか足に根が生えたかのように動くことができないでいた。  あれが僕と君との出会いだった。  それから僕と君はよく話すようになり、桜の葉が落ちもう一度咲いたころに、あの出会った桜の木の下で告白をして、恋人になった。  それからは待ち合わせをして一緒に学校に行き、授業中も時々視線を交わし、お昼は一緒に弁当を食べ、放課後は一緒に帰ったり、試験前には一緒に勉強もした。週末には時々デートもした。  あのころは本当に楽しかった。君と僕がいて、それだけで幸せなそんな日々が続くと思っていた。  そう、ずっと続くと思っていたんだ。  しかし、当たり前だけど続かなかった。  高校二年生の冬、君が病気になった。  思い返してみれば、君は体育の授業を休んでいた。君は体が弱いからだと言ってたけど、正確にはそうじゃなかった。 「ごめんね。私、生まれつき腎臓(じんぞう)が悪くて、身内でも移植可能なのがおばあちゃんしかいなかったの。それで私に一つ移植してくれたけれど、それが原因でおばあちゃんは入院がちになってたの。それで、病室でおばあちゃんの話をいっぱい聞いたんだ。おばあちゃんは私が幸せになれば、嬉しいって言ってくれた」  君の涙ながらの告白を君が入院した病室で聞いた。  高校二年生の三学期から君は学校に来なくなった。  春には桜が見たいというから、学校の桜の花びらを拾い集めて、君に渡した。 「ねえ、君は病気になった私は嫌でしょう?」 「嫌じゃないよ。好きだからな」 「よかった。私、実は君に一目ぼれだったんだ」 「そうなんだ。知らなかったよ」 「あと、私、実は花粉症じゃないんだ」 「それは知ってる」 「それは嘘でしょ」  君は辛そうに笑う。本当は日々痩せていく君を見るのが辛かった。たけど口にはしなかった。  笑う君の姿はあの日から変わっていない。  卒業式の日。  僕は君とこの学校を卒業する。君をこの手に抱き、一緒に桜の木を見上げる。 「ねえ、君は知らなかっただろう? あの日、僕はここに桜を見に来たんじゃない。君に会いにいったんだ」  入学式の日。学校の敷地の外から桜の木の下にたたずむ女の子をみかけた。実のところ最初は興味本位だったけれど、君が振り向いたとき、一瞬で全てを奪われたんだ。  そして、足元に手を触れる。 「僕は君が花粉症じゃないことは本当に知っていた。だって、あの日以来、君が花粉症の時期に涙を流しているのを見たことなかったからね」  そして、僕も今年から花粉症になったようで止められない涙を静かに流す。 「僕は毎年ここに君に会いに来るよ」
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