きな子のこと

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きな子のこと

 まっすぐ帰る気にはなれなかった。  本屋に寄って好きな漫画の新刊を買って、ただっ広い河川敷で読んでみたものの、何も頭に入らない。  家に着くころにはすっかり暗くなっていた。  玄関の前にイツキはしゃがんでいて、ばあちゃんが飼っている柴犬の柴太郎を撫でている。 「……きな子のこと、覚えてる?」  きな子は、昔イツキが飼っていた犬だ。  頭のいい子で、他の犬が吠えても、吠え返さない優しい子だった。  ぼくたちが小学3年生の時に、老衰で亡くなった。 「覚えてるよ。いい子だった。……ばあちゃんは?」 「今日はご近所さんと隣の市までコンサートで遅くなるって。元気だよね」  イツキとばあちゃんと3人暮らしになって1ヶ月が経つが、家の中で二人きりになるのは初めてだった。  イツキは想像していたよりもあっさりしていて、特に歓迎会の日以降は話しかけてくることも少なくなった。 (二人きりかよ……) 「今、二人きりかよって思ったでしょ。もう昔みたいにいじめないって……。  そもそも、俺はいじめたつもりなんてないけど」  晩御飯はコロッケとキャベツと、豆腐とわかめの味噌汁と納豆だった。  ばあちゃんが出かける前にラップをかけてくれたものだ。 「イツキ、晩御飯食べてないじゃん。温めるよ?」 「いらない。豆腐好きじゃない。味ないじゃん」 「食べろや。何でそんなワガママなわけ?」  いつもはばあちゃんが、テレビを見ながら色々と話しかけてくるから、イツキと二人で話すこともなかった。  学校ではイツキは他の男子と一緒にいるし、ぼくは隼人といつも一緒で……隼人はぼくでぬ……。 「うわああああ!!」 「どうしたの? 大声出して」 「何でもない…」  隼人の爆弾発言を思い出してしまった。 「へえ」
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