第二章 キャンプ

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第二章 キャンプ

「桜!」 「なんだよ」  そこは、篠崎家のリビングだ。  森下桜は、悪友で隣に住む篠崎克己の家をたずねている。  お互いは幼馴染だと言っていい関係だ。  二人は、生まれ育った町に家を新築した。隣り合った土地が空いていた事や、とある事情で安く購入する事ができるなどのいくつかの偶然が重なった結果だ。二人とも、実家は別にある。実際には、篠崎克己には実家と呼べる物は無い。両親や親戚は、全て他界してしまっている。篠崎克己には、妻の沙菜と息子の巧が居るだけだ。  森下桜には、母親は存命だが隣町に引っ越してしまっている。  篠崎克己は、IT企業を経営している。開発だけではなく、運用や導入支援を行っている。元々、大手ベンダーに努めていたのだが、こちらも事情が合って辞めて地元に戻ってきた。名前で仕事が取れる人物だったので、ベンダー絡みの案件だけではなく、いろいろな仕事が舞い込んできている。  風変わりな二人だが、気があったのは間違いない。  結婚した時期も同じで子供も同い年になっている。  今年、子供たちは小学四年生になる10歳だ。 「お泊まり会は行かせるよな?」 「ん?あぁそうだな。タクミは?」 「”行く”と言っている」 「そうか、ユウキと同じ班だよな?」 「そう聞いている」 「そうか、それじゃ問題はないな」  二人の両親は、お互いの子供が同じ班に入っている事は知っている。以前・・・。桜と克己が子供の時に参加したお泊まり会では、男女6人が班となってテントで寝泊まりしたのだが、いろいろ問題が発生したり、新しく住民になった者たちから反対が有ったり、世間的な事情もあり、今ではキャンプ場に建つロッジを使った2泊3日のお泊まり会に変更されている。  あんな事件があった後で中止の声も多数上がったが、学校や地元衆が自由参加だから、気に入らなければ参加しなければいいと言って、反対派の意見を封殺した。二人は、どちらでもいいと考えていた。二人の子供が心配ではないのかといわれると微妙なところだろうが、何があっても大丈夫と言えるくらいには信頼をしている。それに、二人は”須賀谷真帆”や”那由多”が本当に絡んでいたとしたら、自分たちの子供に”なにか”するはずがないと思っている。そのくらいの信頼関係はできていると思っている。問題は、自分たちの子供が特に、好奇心が旺盛だということだが、それはどうにもならない事だと諦めるしか無い。 「それで、桜。進展は?」 「さぁな。俺は外されていると言っただろう?」 「それでも、俺たちよりは情報を持っているだろう?沙菜も美和も聞きたいだろう?」  聞き耳を立てているお互いの妻の名前をあえて出す事で、桜の逃げ道を塞ぐのだった。  桜は大きなため息を付いてから 「何も解っていない」 「え?」  一番に反応したのは、桜の妻の美和だ。 「なんだよ。多分、マスコミに近い。美和の方が情報を知っていると思うぞ?」 「そうなの?」 「あぁ結局、解っているのはあの場所で人が死んだことだけだ」  克己が気になっている事を桜に聞いた。 「なぁ桜。それで那由太は?」 「あぁ・・・。捜査本部は、居場所を掴んでいるようだけど、俺には知らされていない。解っているのは、那由太は今回の件には全く無関係だという事だ」 「そうか、会えないのは残念だけど、関係ない事がわかっただけでも十分だな」 「あぁそうだな。元気らしいぞ」 「そうか・・・」  二人の間に微妙な空気が流れる。  心配しているのは間違いないが、事情が解っているだけに、克己も桜に無理を言う事はできない。桜も、克己が何を望んでいるのか解っているのだが、自分から言い出す事はできない。 「ねぇ克己さんも、桜さんも、美和さんも・・・。今は、タクミとユウキちゃんの事よね?」  沙菜は、4人の中で1人だけ、年齢が離れている。  そして、1人だけ生まれが違うのだ。地元で生まれ育ったわけではなく、克己が都会に出ていた時に知り合ったのだ。美和からある程度の事情を聞いているので、疎外を感じる事は少ないのだが、それでもやはり3人の中に流れる空気が羨ましく思う事は多い。 「う・・ん。大丈夫だろう?」 「克己さんがそういうのなら信じるけど・・・」 「沙菜さん。大丈夫だと思いますよ。今年から、校長がシマちゃんだから、いじめのような事は絶対に許さないと思うからね」 「うん。わかった。それじゃ準備をしないとね」 「沙菜さん。タクミの荷物の中に、ユウキの着替えを数着入れてほしいけどいいかな?」 「いいですよ?あっそうね。その方がいいね。タクミには言っておくよ」 「ありがとう。でも、大丈夫だとは思うけど、ユウキだからね」 「わかった」  ユウキには少し困った癖がある。  困っている人を見ると助けたくなってしまう。その結果自分が困る結果になっても、構わず手を差し伸べてしまうのだ。  以前、友達の家にお泊まり会をしたときに、”おねしょ”をした友達に自分の着替えを渡して、自分は下着を履かないで帰ってきた事がある。  それから、タクミにユウキの着替えを持たせる事にしているのだ。  二人の妻は、お互いの子供が持っていく荷物の準備を始めるのだった。  桜と克己は、今解っている情報から何が読み取れるのかを検討するのだが、何もわからないという結論に達するまで時間はかからなかった。 --- 「え?シマちゃん?校長先生?」 「桜・・・。その呼び方はやめろと何度言えばいい?」 「あっそうですね。すみません。()()()()()()」 「はぁ・・・まぁいい。それよりも、タクミくんとユウキちゃんの準備は?」 「終わっていますよ。おい。美和。沙菜さん。シマちゃんが、迎えに来たぞ!」  奥から、少し待ってと返事が来た。 「ふぅ・・。お前のところは相変わらずだな」 「シマちゃん・・・。俺たちは、あの時から何もわかりませんよ」 「そうだな」 「あのバカが出てくるまで、ここで待っていますよ」 「そうか・・・」  タクミとユウキの小学校の校長は、桜と克己と美和の中学校時代の担任教諭なのだ。  それが回り回って校長をやっている。いろいろ問題がある学校なので、問題解決に尽力した長嶋教諭に白羽の矢が立ったのだ。  長嶋教諭も、自分が何もできなかった事を悔やんでいて、自分でも何かができるかもしれないと思って、校長を引き受けたのだ。 「あ!校長先生!」  準備が整った、ユウキが家から出てきた。  後ろから、タクミも出てきた。タクミの荷物が大きいのは、ユウキの着替えやらが入っているためだろう。 「パパ!克己パパ!行ってきます!」 「おぉ気をつけろよ」「あぁタクミ。ユウキを頼むな」 「うん。行ってきます」  小学4年とは思えないタクミの返事は別にして、二人は校長に連れられて、他の生徒と合流するのだった。  お泊まり会は任意での参加が建前で、学校の行事ではない。  そのために、ボランティアで先生が参加する事になっている。  校長は、事情があってお泊まり会には参加できない。そのかわり、全員を学校に送り届けるようにしているのだ。 「行ったな」 「あぁ」  桜と克己は、二人の息子と娘が乗ったバスが角を曲がっていくのを見送るのだった。 --- 「あぁ!(ゆい)」 「おはよう!ユウキ!」  ユウキは、バスの中に同じ班の女の子を見つけて声をかけた。  班は6人ですでに決まっている。  お泊まり会の案内に書かれている。タクミとユウキと唯は同じ班になっている。 「あのね。ユウキ。マユちゃんが来られないって聞いた?」 「ううん。初めて聞いた。タクミは知っていた?」  タクミは急にふられて困惑しながらも知らなかったと答えた。  学校に到着して、バスを降りる3人に駆け寄ってきたのは、一緒の班になっている二人だ。 「おはよう。ユウキ。唯。タクミくん」  双子の女の子である。鳴海が挨拶してきた。 「おはよう。ハルちゃんは?」 「ユウキ。何度言えば間違いを訂正する!ボクは、男だから、”ちゃん”はやめろ」 「おはよう。晴海(はるみ)鳴海(なるみ)。早いな」 「うん。父さんに送ってもらった」  タクミと晴海は、挨拶をする。  二卵性双生児である、晴海と鳴海は双子だが性格はかなり違っている。元々は、違う班だった晴海と鳴海だが、ユウキと鳴海が先生に掛け合う事で、同じ班にしてもらったのだ。1人入っていた子は、それほど中がいい子ではなく、その子も別の班が良かったと言っていた。学校行事ではないので、この辺りはゆるくなっている。  お泊まり会の部屋割りや作業の都合上、6人で班を作る事になっている。  学校から、キャンプ場までは歩いての移動となる。  10歳の男女と先生での移動となる。キャンプ場は、山の頂上付近にあるが、700mちょっとの山なので、登るのにもそれほど苦労しない。  登山道も整備されていて、キャンプ場()()は比較的安全に移動する事ができる。  朝方に学校を出発して、山道を歩く事3時間。  目的地に到着した一行は、予定通り持ってきた弁当を食べてから、班ごとに活動を開始する事になる。  タクミとユウキは、晴海と鳴海と唯と一緒に明日の晩に行われる肝試しの準備をする事になっている。  準備と言っても、大抵の準備は先生が行っているので、タクミたちの作業は肝試しのときに歩く道の掃除をするくらいだ。  肝試しは、キャンプ場で先生の話を聞いてから、班ごとに近くにある仏舎利塔とまで歩いていって、そこで先生を交えた手紙の交換をして、帰ってくるという至ってシンプルな物だ。これは、親の世代から変わらない。  この地方にだけ見られる現象なのかわからないが仏舎利塔が星型になっている。その頂点になっている場所に手紙が置けるようになっている。先生が一度手紙を預かって、仏舎利塔の所定の位置に手紙を置く。  皆が所定の位置についた事を確認した先生が、声をかけて、手紙を持って次の人に手渡す事になる。一周ぐるっと回って、皆が手紙を受け取ったら、成功となる。手紙は、誰宛でもいいのだが、順番は班で先に決めて先生にお願いしておく事になっている。  どこが肝試しになるのかと言うと微妙だが、先生の怖い話を聞いた後で懐中電灯一つだけ持って街灯が無い場所を歩く事は十分な恐怖心を掻き立てられる。それだけではなく、聞いた事が無い虫や動物の声が聞こえてきて案外怖い。  それだけではなく、仏舎利塔では1人になって皆が一周するのを待たなければならない。懐中電灯があるとは言え心細いのは間違いない。  歩き慣れた道ではない場所で、声は聞こえるかもしれないけど、普段と違った感じで聞こえる友達の声。  早い子たちでも、一周するのに、10分くらいはかかってしまう。  タクミたちは、仏舎利塔までの道に落ちているゴミを拾っている。 「先生!草は切らなくていいの?」  ユウキが、先生に質問をしている。  道幅は、それほど広くはないが、通れないほどではない。邪魔になりそうな草はすでに先生たちが刈ってある。 「大丈夫。大きな石やゴミを拾って」 「はぁーい」  他のゴミ拾いをしている子たちも一斉に答えるのだった。  一日目の夜は、キャンプ場でみんなで作ったカレーを食べて終わるのだった。
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