第二章 キャンプ

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 唯が1人で寂しい思いをしている時に、手紙のリレーは鳴海から晴海に、晴海からユウキに繋がろうとしていた。 「あ~る~は~れ~た~きょ~う~の~ひ~を~」  晴海に歌声が聞こえてくる。  正直タクミ以外には、なんの歌かわからない。晴海は、一度タクミに聞いたのだが、言葉を濁して逃げられてしまった。  そして、問題ないのは歌詞だけではない音程がめちゃくちゃなのだ。  しかし、晴海は音程が外れた調子の歌声を聞いてユウキが近い事を確信した。 「ユウキ!」 「ハルちゃん!待っていたよ!」 「だから、僕は男だ!」 「解っている。ハルちゃん」  改めるつもりが皆無のユウキに何を言ってもダメなのは、晴海には解っている。  わかっていても決まったツッコミをしてしまう。言わないと気持ち悪いのだ。  特に、今のような状況では・・・。  周りが暗闇で、自分が持つ懐中電灯の光だけが頼りの状況では軽口を叩いていないと、怖さが増してきてしまう。  それでなくても、これから数分間は暗闇で1人になってしまうのだ。 「ハルちゃん。それじゃ行くね!」  手紙を受け取ると、挨拶もそこそこにユウキは走り出した。  タクミの所に急いだのだ。怖いという気持ちも、タクミの所に行けば怖くない。そういう思いが有るためだ。その後で、また1人になってしまう事は考えていない。タクミに会いたいという気持ちが先走っているだけなのだ。  走り去るユウキを懐中電灯で照らしながら晴海は思った。 「ユウキが僕の気持ちに気がつく事は無いだろうな・・・。タクミが相手じゃ勝ち目ないしな」  晴海の独り言がユウキに届くことはない。  ユウキの気持ちがタクミに届くのはこれから6年近くかかってしまう。晴海がそれを知っていたら、違う未来が有ったかもしれないがそれは別の物語だ。  晴海が、ユウキに思いを寄せている時に、当のユウキはタクミの所に到着していた。  ほぼ全力で駆け抜けたのだ。暗い夜道を全力で駆け抜けられる運動神経を持っている。それがどんなに優れているのかは、暗い足場が安定していない草原をダッシュしてみればわかる。すぐに足を取られてしまう。それだけではなく、一歩踏み外せば何があるかわからない。通常の思考回路では怖くてできない事だ。  それでも、ユウキは全力でタクミの所に向った。 「タクミ!」  タクミは、前後に揺れている光を見て、ユウキが近づいてきている事を認識していた。  走ってくるだろう事を予測していたので、なるべく安全に来られるように、ユウキが来ると思われる方向を、懐中電灯で照らしている。ユウキが全力で走ってくると確信している。そして、懐中電灯で足元を照らしていないのもわかっているので、自分が持つ懐中電灯でユウキが転ばないように照らしているのだ。 「ユウキ!」  お互いの姿が視認できた所で、タクミは声をかける。 「はぁはぁはぁおまたせ」 「いいけど、ユウキ。走ってきたのか?」  解っている事だが問いただした。  ユウキは少し汗を拭いながら 「うん。だって、タクミが待っていると思ったから」 「あぁありがとう。待っているのは間違いないけど、急いでも変わらないぞ?」 「うん。解っている。解っているけど・・・。うぅぅぅ。いいの!はい!手紙!」 「お。それじゃ行ってくる」 「うん!」  タクミは、ユウキから手紙を受け取って、自分の手紙を持って、担任が待っていると思われる場所に向った。  本来なら、マユにわたす手紙だが、担任に渡して、後日マユにわたす事になっている。  マユから唯にわたす手紙は、担任が持っているので、それを唯にわたす事になる。 「先生」 「タクミくぅん」  タクミは、先生の情けない声でげんなりした気分になる。  担任は、1人で待っているのが心細くなってしまったのだ。本来なら、待っている間に他の先生が合流してくるのだが、タクミたちが最後という事もあって、片付けをしてからキャンプ場所に戻る事になっているので、誰も合流してこない。  もう一つ理由が有るのだが、それは別の問題だ。 「はい。これでいいですか?」  手紙を担任に渡しながら、タクミはこれで肝試しも帰るだけだと考えていた。 「はい。大丈夫です。それじゃ次に・・・ん?」  担任は、何か囁く声が聞こえたような気がした。 「え?どうかしました?」 「ううん。なんでもない。タクミくんはここで待っていてくださいね」 「はい。わかっています」  担任は、暗闇をもう一つの星の頂点に向けて歩いていく。  スタート地点に戻ってきた。誰も居ない? (次は私ね!) 「え?」  確かに女の子の声を聞いた。  周りを見るが誰も居ない。  気持ち悪さとなんだかわからない感情で、担任はスタート地点で10分ほど逗まってしまった。 「あっ!そうだ。マユちゃんが休みだから、私が唯ちゃんの所に行かないと・・・!」 (大丈夫。もう行ってきたよ) 「え?誰?」  懐中電灯で周りを照らすが仏舎利塔と草木があるだけで、他にはなにもない。  後ろから子どもたちの声が聞こえる。 「え?なんで?」  担任が不思議に思うのは当然だ。 「唯ちゃんが怖くて我慢できなかったのかな?」  担任は自分の考えを声に出して見た。今度は誰も答えない。  3分位してから、皆が揃って戻ってきた。  ユウキが1人駆け出した。 「先生!」 「ユウキちゃん。待っていたわよ」 「先生、怖くなかった?泣いてない!」 「泣いてなんか居ないわよ!」  軽くユウキの頭を叩いてから、手に持っていた懐中電灯で皆を照らす。 (一人、二人、三人、四人、五人、六人) (え?)  担任は、もう一度、左端に居るタクミから懐中電灯を当てて確認している。 (タクミくん。ユウキちゃん。晴海くん。鳴海ちゃん。唯ちゃん) (5人。よかった、数え間違いね) 「みんな揃っているみたいだね。それじゃ帰ろうか?」 「「「「『「はい!」』」」」」 (あっそうだ。唯ちゃんに手紙を渡さないとダメだね)  唯は、一人だけ少し離れたところを歩いていた。  いじめとかではない。唯は皆と一緒に居る事が好きだ。皆も唯を友達だと思っている。  唯は、なぜか暗闇の方を向いて何か喋っている。  担任は、徐々に遅れている唯に近づいて手紙を渡そうとした。 (え?)  唯の手には手紙が握られていた。  唯に渡す手紙は、自分の手にある事は確認している。  担任は、そのまま皆が手紙を持っている事も確認した。  ()()手紙が多いのだ。  自分の手元に二通ある。一通は唯にもう一通は休んでしまったマユにわたす物だ。 「唯ちゃん」 「はい?」 「手紙?」 「あっもらいました!」 「え?誰に?」 「マホちゃんです!」  担任には、マホがマユに聞こえて、少し安心した。  風の音なのか、偶然なのか、それはわからない。 「そう?」 「あっでも、これはママに渡してほしいって言われているから、マユちゃんの手紙ください!」 「そうなの?(そう言えば、マユちゃんのママも、スズ先輩と同級生だったはず。それで手紙を子供に預けたのかな?)」 「うん!」 「そう、それなら、手紙を渡しておくね」 「ありがとう!マホちゃんが言ったとおりに、先生がしっかり手紙を渡してくれた!」 「え?」  担任は聞き間違いかと思って、唯に聞き直さなかった。聞き直せなかったが正しいのかもしれない。  ”マホ”と聞こえた名前が気になってしまった。 「あっそうね。唯ちゃん。ほら、皆と離れちゃったと、少し急ごう」  須賀谷(スガヤ)真帆(マホ)の事は知っている。  少し前にあった事件の事も認識している。  担任は、自分がおかしな事を考えたと思って、首を振って考えを頭の中から追い払った。 (唯ちゃん!バイバイ!)  唯はなにかに呼ばれた気がして、後ろを振り向いた。  勿論、後ろには誰も居ない。 「どうしたの?」 「ううん。なんでもない!先生、急ごう!」  唯に引っ張られるように担任は早歩きになる。  何気なく後ろを振り向くと、そこには、先程まで見えなかった。  青い。青い。紫陽花が大きな花を付けていた。
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