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初恋
その人はまるで『雪』の様な人でした。
仄かな光を湛えていて、他者を寄せ付けない、心のブラインドを薄く開け、溜息にも似た気配が、とても冷たく、美しく。
触れれば、いや、触れなくとも自ら透明に崩れ堕ちていく危うさを孕み、同時に畏怖の念さえをも見る者に与える。
そんな触れ得ざる存在として、月光の雪原に一人、ひっそりと佇んでいました。
––四年前––
高校三年の春休み。
普通自動車の運転免許を取得して間もない私は、私より半年前に免許を取得した『自称ベテラン運転手』の友人、織田と共に運転の実践練習を兼ねて、父の会社が運営する保養施設に車を走らせていた。
目が細く面長の、尖った顎が印象深い私の友人は、助手席で胡座をかきながら両手を頭の後ろで組んでいる。
時折、流し目で私の様子を観察しては、唇の端をにわかに上げていた。
「もうそろそろ運転代わってくれよ」
この一時間余りに十回は口にした台詞を伝えてみるが、
「だめだめ、それじゃ運転の練習にならないだろ?運転はお前がするの。俺は、現地の情報収集するの」
前回同様、いや、明らかに返事の質が悪くなった、つっけんどんな態度でにべもない。
するとゴソゴソと上着のポケットから携帯電話を取り出し、情報収集とやらに没頭しだした。
どれぐらい時間が経っただろうか?
私の稚拙な運転技術から来る不安がピークに達しようとしていて本日、十一回目の台詞を口にしかけた時、
「すげえな!」
興奮した面持ちで隣の織田が私の台詞を遮った。
その後も「本当か?」やら、「なるほどな」など、えらく感心したかと思えば最終的には、
「ウキャキャキャキャキャ」
薄気味の悪い奇声まで上げる始末で、私はもう運転どころでは無くなっていた。
「でるらしいぜ」
私の方は向かずに、織田は私に話しかける。
「でるって何が?」
私も向かずに応える。
「今日は満月だよな? この地方の伝承で満月の夜、物悲しくも恐ろしい儚さを纏った絶世の美女が、丑四つ刻に現れるらしい」
織田は携帯電話から顔を離し私に告げる。
そして続けて告げる。
「雪女だよ」
静かに細雪が降り始めていた。
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