回想

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「いらっしゃいませ」  バーカウンターにバーテンと思われる長めの黒髪の男が立っていて、目が合った。  その時、今まで感じた事のない、胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。 「大丈夫ですか? 雨結構凄かったんじゃ。ずぶ濡れですよ」 「あ、いやっ、俺風邪引かないし!」 「はは、でも店内冷房効いてるから寒くなりますよ」  何でこうも彼に目が奪われているのか分からなかった。今思えば、一目惚れで初恋だったんだ。  彼は店で使っているだろうタオルを手渡した。その時彼の長く骨張った指に触れる。その手はとても冷たかった。 「あ、ありがとうございます!」  頭と体を簡単に拭いて返し、カウンターの席に座った。 「ご注文は、どうします?」 「えっと……おすすめってありますか」 「マスター、おすすめですって」  カウンターに居たもう一人の男は、マスターと言うには若く見え、三十代くらいのようだった。目の前の黒髪の彼は、バイトなのだろう。大学生くらいに見えた。  カウンターだけで十席くらいの小さな店だけど、雰囲気はいい。 「あ、あの、良い店ですね!」 「ありがとうございます。俺も紹介でバイトしてるんですけど、いいですよね、こじんまりとしてて」  向こうから、「こじんまりって言うな!」というマスターの声が飛ぶ。 「働いて長いんですか」 「大学入ってからずっとだから、三年かなあ」 「大学って?」  って、完全に質問責め。明らか変だって思われるだろ! 「法正大三年の清矢です。よろしくどうぞ」 「俺は明純って言います!」  訊かれてもないのに勢い余って答えてしまう。  馬鹿、俺の馬鹿! 清矢さんとマスターは苦笑している。 「明純さんは大学生ですか?」  その質問に一瞬戸惑う。俺のやっている仕事は、とても一般人には理解してもらえないものだ。ここで本当のことを言ったら、多分色々終わる。
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