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雨の夜
いつからか雨が降っていた。
ベッド脇にある窓を少し開けると、咽るような雨の匂いが流れ込んでくる。
俺はベッドの周りに散乱する脱ぎ捨てたままのジーパンの後ろポケットから、セブンスターとライターを取り出し、煙草に火を点けた。
薄暗い部屋の中で、ぼうっと赤い火だけが浮かび上がる。雨と、煙草と、ほんのり薫る汗の匂いが混ざり合う。
窓からぼんやりと外を見る。アスファルトに叩きつけるように降る雨は、止む気配がない。
ベッドの上に座り込んで、肺まで吸い込まずに口の中でもごもごと燻らせた白い煙を窓の外に吐いた。
「明純部屋で煙草吸うなって言っただろ」
振り返ると、シャワーを浴びて出てきた清矢が、鬼のような形相で立っていた。
そして、俺の煙草を乱暴に取り上げると、テーブルの上にあった俺の飲みかけの缶ビールの口に突っ込んだ。
「何すん――」
俺が言い終わる前に、左頬に物凄い衝撃が走って、身体がよろめく。
「何度言ったら分かるんだよ! ゆみにばれるから止めろって言ってんだろ!」
清矢の声は何処か意識の外に聞こえる雑音のようで、少しも頭に入って来なかった。
彼の握り締める拳と最近何度も見ている怒りに満ちた顔と、俺の頬に走る痛みと口に広がっていく錆びた鉄の味の意味を理解するのに精一杯だった。
「聞いてんのか!」
どん、と肩を強い力で押され、ぐらりと体が揺れる。
殴られた拍子に切れた口の中が痛い。関係ないはずの胸の真ん中も、痛い。
「……殴ること、ないじゃんか」
真っ直ぐに清矢を見ることも出来ず、ベッドの白いシーツにできた染みを見詰めた。
「馬鹿じゃねえのか? 何回言えば分るんだよ? ゆみが煙草の匂いに気付いたら困るんだよ!」
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