雨の夜

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 気付いた時には、俺は力一杯清矢の顔をぶん殴っていて、尻餅をついた清矢は驚きと怯えを湛えた目で俺を見上げていた。 「……で、出てけ! もう終わりだ、二度と来るな! 頭の可笑しいホモ野郎の相手なんかやってられるか!」  清矢は言いながら床の上に散らばった服を投げつけてきた。まるでヒステリーを起こす幼児のようだった。  ぶつけられた服を無言で着て、座り込んだままの彼の横を通り過ぎる。暗い玄関で自分の靴を探り当て、ドアを開ける。  一瞬、玄関に飾られた彼に似つかわしくないクマと白ウサギのぬいぐるみが、視界の端を捉えた。  マンションの階段を駆け降り、出入り口の自動ドアがゆっくりと開く。激しい雨の音が広がる。  雨が顔に打ち付けるのを避けるように視線を落として、雨の中を歩いた。  殴った手の痛みと、口の中の血の味と、冷たい雨と、濡れて纏わりつく服。  どれもこれも、ぐちゃぐちゃになった感情の渦を収めることを許してはくれなかった。  清矢と初めて会った時も、雨が降っていたことを思い出した。  その時は残暑厳しく、アスファルトから立ち上る嫌な熱を消してくれた通り雨だったけれど。  一時の雨宿りのために駆け込んだ小さなバー。  もしあの日バーじゃなくてコンビニに入っていたら、幾分か幸せだったろうか、などと詰まらないことを考えてしまう。  そうして過ぎ去ったはずの日々が、思い起こされていく――。
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