第一章 恋、探偵事務所始めるってよ

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二  手っ取り早く開業するために、今回もお金にものを言わせ、中堅の探偵事務所を買収した。所員は15名いて、売り上げもそこそこある。評判も悪くなかったが、経営者で所長の中沢太一が恋の出した買収金額に魅力を感じてすぐに売却の意思を示したことですぐに話がまとまったのだ。前所長の中沢は、新しい事務所では教育部長になる。  今日は中沢立ち合いのもと、恋が全所員と面談をしている。 「次が最後の所員ですが、うちのエースで紅一点の観音寺育美です」 「えっ、エースが女の子?」 「そうですよ。ボスもご存知かと思いますが、最近はどの世界でも女性のほうが優秀なんです」  すでに中沢にもボスと言わせている。 「確かにそれは言えるわね。うちの家系でも圧倒的に女のほうが強いもの」 「そうでしょうね」 「そうでしょうねって、どういう意味よ」 「だって、ご本人がそうおっしゃってるわけで、あいづちみたいなもんです」 「嘘、私を見て本当にそう思ったから言ったんでしょう」 「すみません。心の声が出てしまいました」 「まあ、いいわ。その珍しい名前の子を呼んで」 「わかりました。お待ちください」  しかし、所長の私が万里小路で、エースの女の子が観音寺とはいいかも。 「入ってよろしいでしょうか」  部屋の外で中沢の声がする。 「はい、どうぞ」 「失礼します」  中沢とともに部屋に入って来たのは若い女の子だった。 「初めまして、私、観音寺育美と言います。よろしくお願いします」 「あらあ、きれいな子なのねえ。しかも、カワイイ」  観音寺育美は美人だったけど、恋と違い、どちらかというと童顔でカワイイタイプだ。でも、どう見ても探偵事務所の所員には似つかわしくない。なので、素直に褒めた。だが、本人は憮然とした顔をしている。 「そうでしょう。彼女、大学時代には美し過ぎるテコンドー選手なんて言われて雑誌で取り上げられたこともあるんですよ」  中沢が、まるで自分の娘を自慢するかのようにデレデレの顔で言う。 「て、こんどうって何?」 「いや、テコンドーです」 「新しいスイーツ?」 「そのお、空手みたいなものです」  説明するのが面倒と思ったか、中沢がざっくりとした紹介をした。 「まったく違います」  育美がさらに憮然とした表情で言った。二人のあまりにバカバカしいやりとりを心から怒っている感じだった。 「どちらにしろ、そんなにカワイイんだから、探偵なんてやめて女優とかやったほうがいいんじゃないの。うちの会社、芸能プロダクションもやってるし」 「やめてください。私、探偵の仕事に誇りを持っていますから。他の仕事なんか考えられません」 「あらあ、怒っちゃったの、育美ちゃん」 「はあ?」 「えっ、育美ちゃんでいいのよね」  恋が確認するように中沢の顔を見る。中沢が答える前に育美が反応した。 「確かに私の名前は育美ですけど、『ちゃん』って言うのはおかしいと思います」 「何で?」 「何でって、私もいい大人ですから」 「育美ちゃんって、いくつ?」 「26です」 「あらいやだ、私と同い年じゃない」 「えっ、そうなんですか?」  驚いたのは育美だけではなかったようで、中沢も二人の顔を見比べている。恋は妖艶でなところがあるのでいささか実年齢より上に見られるところがあるのに対し、育美の顔は子供っぽい。 「そうよ。なんか私のほうが年上に見られそうで嫌なんだけど。だから、育美ちゃんでいいんじゃない?」 「それはどうでしょう」  育美の軽いジャブに屈する恋ではない。 「私たち、気が合いそうじゃない」 「どこが」  育美が聞こえるか聞こえないかのトーンで言った。顔は童顔だが性格はきついようだ。 「何か言った?」  もちろん、恋にも聞こえていた。 「いえ、別に」 「今のところ、女は私たち二人しかいないわけだし、美女コンビで楽しく仕事しましょうね」 「はい?」 「若いのに耳遠いの」 「聞こえてはいましたけど、意味がわからなくて。お訊きしたいんですけど、所長はまさか現場に出て仕事するおつもりじゃないんですよね」 「何言っちゃってるの、育美ちゃん。当然、出るおつもりよ」 「それは止めたほうがいいと思います」 「何でよ」 「そんなに甘いものじゃありませんから、現場の仕事は」 「大丈夫。私、小学校時代から推理小説が好きでたくさん読んできているので、推理力抜群なのよ」 「ああ、そうですか」  明らかに恋をバカにした顔をする育美。 「ちなみに、どんなものを読んでましたか?」 「う~ん、たとえば名探偵桂小五郎とか」  ぷっと吹き出す育美。 「所長、桂小五郎は木戸孝允の前名です。明智小五郎じゃないですか」 「そう言えば、そんな感じだったかも。でも、私ったら、読んでる途中で犯人がわかっちゃうわけよ。どう? すごくない? 私の推理力」  育美はあきれ果てた顔をしている。 「私たちのような探偵事務所では推理小説みたいな事件ものを扱うなんていうことはありりませんし、へんな推理力なんて不要です」  育美のあまりに正直な答えに中沢が慌てて言った。 「観音寺君、そういうことはおいおい私のほうからボスに話すから」 「ボス?」 「ブスじゃないわよ、ボスよ」  恋が一応訂正しておく。 「ちゃんとボスと聞こえましたけど、そんな風に呼ばなけりゃいけないんですか?」 「そうだ」  中沢が答える。 「そんな漫画みたいなおかしな呼び名、誰がし出したんですか?」 「副所長よ」 「えー、みんなどうかしてる」 「何でよ。さっきから聞いていれば文句ばっかり」 「文句じゃなくて、正論です。とにかく、私は所長で貫きますから。それから前所長、初めが肝心です。所長には現実を知っておいてもらわないといけません」 「育美ちゃんたら、今から私のことをそんなライバル視しなくてもいいじゃない」 「えーーーーーーーーーーーーーーー、飛んでもない勘違い」  ということで、初めて会った二人の会話はずっと噛み合わないまま終わった。しかし、いざ仕事が始まると、この二人が絶妙なコンビネーションを発揮することになる。
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