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三
万里小路恋の経営する異色の万恋(ばんれん)探偵事務所は表参道のおしゃれなビル(恋の父親の所有するビル)の3階にオープンした。何が異色かといえば、以前恋が買収した芸能事務所と合体させたことである。同じフロアーの右側が探偵事務所、左側が芸能事務所と一応は別れていて、その真ん中に恋の部屋がある。恋が二つの事務所を合体させた理由は、探偵が行動を起こす際、役者だったらその場に相応しい人物になることができるし、調査対象者にも気づかれにくいだろうと恋が考えたからである。もうひとつ理由があった。芸能事務所に所属するタレントのすべてが有名で仕事がいっぱいあるというわけではない。その結果、歩合制で働くまだ無名のタレントたちはアルバイトをして生計を立てている。そこで、恋はこういう人たちに安定した仕事を与え、かつ給料もちゃんと支払われるように、探偵の仕事もさせることを考えたのである。もちろん、これによって探偵事務所の人員不足をカバーすることもできて、探偵事務所の繁栄にも繋がると読んだのである。なんだかんだといって、恋は親の影響を受け、商売がうまいのだ。彼ら、彼女らには教育部長の中沢が一から徹底的に教育した。
真ん中にある恋の部屋は社長室兼所長室になる。でも、そこは事務室というよりも、恋のプライベートルーム感が強く、そこだけ別世界が広がっている。
ドラえもんにどこでもドアというものがあるけれど、この所長室は、何でもドアだ。恋が探偵事務所を始めるに当たって必要と考えるものをすべて用意した。といっても、それはあくまで恋が探偵ものの映画やテレビドラマや小説なので使われている道具や器具類などであった。なので、はなはだしく勘違い物もある。例えば、変装グッズ。状況に応じてどんな姿にも変身でみるようにと、さまざまな衣装を持ち込んでいる。さらに、芸能事務所に所属する以前ハリウッドでも活躍していたメイキャップアーティストに変身メイクをしてもらえるようにもなっているのだ。しかし、現実には宝の持ち腐れ状態で使う機会が訪れない。試したくて試したくてしょうがない恋は、ある日、育美に変身してみることにした。芸能事務所にいたメイキャップアーティストを呼んで、育美のモノマネメイクを施した。さすが、元ハリウッド、出来上がりは抜群だった。
部屋から出て事務所内を歩いても、誰も何も言わないため、変装に成功したのかしなかったのかわからない。そこで、恋は賭けに出ることにした。パソコンに向かって仕事をしていた磯田に対して、育美の声をまねて話しかける。
「ねえ、磯田君」
振り向いた磯田は、恋を見て一瞬だけ『あれっ』という顔をしたが、すぐにいつもの顔に戻った。
「いつ事務所に戻ったんですか」
「さっきよ」
「風邪ひきました? ちょっと声が…」
「ああ、ちょっと風邪気味」
「大丈夫ですか。うちのエースなんですから大事にしないと」
「はい、アウト」
いつもの恋の声に戻して言う。
「あれっ?」
「探偵失格。というか、私は合格。わからない?」
「えっ、ボス? 所長?」
「そうよ。育美ちゃんのモノマネメイクをしたの」
「へぇー、すごい完成度」
「でしょう。探偵にはこれくらいの変装が必要だとは思わない?」
「う~ん、それはどうかな。だいたい、そのメイクにどれくらい時間かかってるんですか」
「だいたい4時間半」
「はい、失格」
「そんなに時間かけてたら追跡対象者が海外逃亡しちゃいます」
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