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七
結果が出たところで、夫の川瀬班と妻の美香班の合同の会議をすることになった。
「しかし、意外な結果でしたね」
磯田が感じ入ったような顔をして言った。
「別に意外でもないわよ」
「そうですか? だって、夫婦揃って同性と浮気していたんですよ。あれでも夫婦なんですかね。ひょっとして、仮面夫婦なんじゃないですかね」
「磯田さんってどうしてそういう見方しかできないんですかね。それって偏見じゃないかしら。性的嗜好と夫婦間の愛情は別かもしれないし」
育美が磯田に攻撃的な声で言う。
「えー、そんなことあるのかなあ。ボスはどう思いますか」
「そうねえ、私は育美ちゃんの考え方に同感」
「そのちゃんづけ、いい加減止めてくれませんか」
「いいじゃないの育美ちゃん。でも、もし育美ちゃんの彼氏とか旦那が同性と浮気してたらどう思う?」
「どうでしょうね。異性との浮気は絶対嫌ですけど…、同性だったらとりあえず保留かな。浮気には違いないから。ただし、夫婦間の愛情が冷めてないということが条件ですけどね」
「ええー、僕は嫌だな。彼女や妻が同性と浮気してたら即刻別れますね」
「ちっちゃい男」
「ああ、どうせ僕はちっちゃい男ですよ」
「そういう意味のない開き直りをするところが、ちっちゃいのよ」
育美がズバリと言う。
「はい、そのへんで。ということで、この後どうすべきだと思う育美ちゃん」
恋がまとめに入る。
「どうって、何ですか」
「それぞれ個別に報告するのが普通なんだろうけど、今回の場合、二人並べて報告したほうがいいような気がするんだけど」
「それはダメです。あくまで個別に依頼を受けたわけですから、個別にしか報告することはできません。たとえ夫婦であっても勝手に同席させるのは契約違反になります」
「カタイのねー。そんなのわかってるわよ。でも、二人並べて事実を告げてあげたほうが夫婦にとってはいいと思うんだけどなあ」
「私たちの仕事は夫婦仲をとりもつことではありません。あくまで依頼されたことだけに応えるのが筋です。調査結果をどう考え、どう行動するかについては、依頼人自身が考えることです」
「はいはい、わかりました。育美ちゃんの言う通りにしま~す」
ということで、それぞれ個別に呼んで報告することになった。まずは妻を呼び、恋が説明した。
「奥様、結果が出ました。詳細はこの報告書をご覧いただくとして、結論から言えばクロでした」
「やっぱりそうでしたか」
「男がいました」
「男?」
「そうです。女ではなくて男でした」
「………」
「どうです。驚きましたか」
「そうですね…」
「でも、今の時代決して不思議ではないですよね。奥様だって同性にモテそうですもの」
育美から余計なことは言うなと口止めされていたが、我慢できなかった。
「う~ん、どうでしょうね」
「私は奥様みたいなタイプが好きよ」
「えっ、そうですか…」
「顔が赤くなってますわ。もう認めちゃったと同じようなものね。いいじゃないですか。そんなの自由ですから。ただ、夫婦の問題は別なので、一度ちゃんと夫婦で話し合ったらいいんじゃないですか」
「そうですね」
夫への報告は育美が行った。育美は模範通り淡々と事実を報告したようだ。
「それで川瀬の反応は?」
恋が聞きたかったのはそのことだった。
「それが所長、何て言ったと思います?」
「えっ、クイズ?」
「まあ、そうです」
「う~ん、あの川瀬が言いそうなことよねえ。そうだな。私の愛の力が足りなかったとか?」
「ブー、残念。あの男は一言『汚らしい』って言ったんです」
「最低」
「そうですよね。さすがの私も切れました」
「おっとー、日ごろ冷血動物で知られる育美ちゃんが」
「私、冷血動物じゃないし」
「まあまあ、それで?」
「てやんでーって言ってやりました」
うちのママに似ていると恋は思う。だから、恋は育美のことが好きだし、気が合うのだろう。
「おもしろーい。で、育美ちゃんって江戸っ子の家系だっけ?」
「あたぼうじゃねーか。こちとら、神田の生まれよ」
「ん? その言い方、なんかちょっと訛ってない?」
「バレちゃいました? 実は青森の山奥の生まれです」
「というと、あの何言っちゃってるのかわからないやつ?」
「失礼な。ちゃんとした日本語です」
「じゃあ、育美ちゃん、しゃべってみてよ」
「んだ。したっきゃ、ちゃんと聞いてけろ」
「ケロ? なんか悔しいけどカワイイ。その顔とのアンバランスがすごくいい。ずっとそれで過ごしたら」
「嫌です。それに見ていただいてお分かりのとおり、私今すっかり垢抜けていますので」
「まあ、そういうことにしておくわ。ところで、その時川瀬は?」
「川瀬はぽかんとした顔をして私の顔を見ていたので、わたしと所長も恋人関係にあるんですって言ってやりました」
「何、何、それ」
本当はちょっと嬉しい恋。
「話の流れです。もちろん、冗談ですけど」
「そんな時に、そんな冗談やめてよね」
「私もそう思いましたから、最後にこう言ってやりました。うちの事務所でも時々男性同士の恋愛案件も扱うんですけど、それもやっぱり汚らしいって言うんですかねって。そうしたら黙っちゃいました」
「あっぱれー。さすがわが社のドエスキャラ」
「私がドエスキャラ?」
「ごめん、キャラじゃなかった。本物のドエスちゃんでした」
「いえ、所長にはまだまだ及びません」
あの夫婦はあの後話し合いを行ったのだろうか。恋の予想では恐らく何もしないのではないか。そういうタイプだ、あの夫婦は。
ちょっと変わった案件が終わり、恋の楽しみが消えた。今度はどんな案件が舞い込むのだろうか。副所長や育美は否定するけれど、もっと緊迫したスリルのある案件に関わりたい。そんな案件がうちの事務所に来ることなどないだろうと、恋ですら諦めていたのだが、まさかあんな相談が次々舞い込んでくるとは…。
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