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第五話
「ユ……グ? だめだ、ここは……」
オレよりもずっと体躯のいいメリルを起こすのは一苦労する。上体を起こしているうちに意識を取り戻したメリルだったが、すぐにオレの体を突き飛ばすように腕を伸ばしてきた。その反動で床に尻餅をつく格好となったオレの手に、何かの液体がつく。
「これって……?」
赤い、まるで血のような赤い、色。
「ヒューッ、できそこない二人揃ってお熱いこった。メリル一人じゃ足りないと思ってさ、召喚できる程度の力があるヤツを呼ぼうって話だったんだけど、中位召喚獣を召喚した実績のあるユーグ殿が現れるとは何というラッキー。是非我々の召喚を手伝っていただきたい」
背後からかかる声。のんきに囃したてるそれとは別に、何か恐ろしい気配が渦巻いているような気がしてならない。
「……ごめん、フェアリーちゃん。悪いんだけどさ、……グリフィス連れてきてくれないかな。こんなところでうまくグリフィスだけ呼び出せる自信がないんだ」
きっとフェアリーも恐ろしいのだろう、オレにひしっと掴まっているのを申し訳なく思いながらそう声をかけると、フェアリーはすごく不安そうな表情でオレを見上げてきた。――フェアリーも、オレたちからみれば一応魔物の種族の一つとされている。けれど、怯えているような表情を見てしまったら魔物扱いなんてできそうになかった。
そういえばディズ。あいつも竜のくせに変なヤツだな、と思い返したところで、オレの言葉を理解してくれたのだろうかフェアリーが緑色の光を放ちながら、しかし迅速に飛び出していく。さすがにフェアリーを捕まえることはできなかったらしく、連中が舌打ちするのが聞こえてきた。
「メリル、立てるか? ここ、すごく危険な気がする……」
「う……まだ無理そうだ、ユーグだけでも早く逃げてくれ……すまな、巻き込んでしまった……」
連中の気が逸れているうちに回復術を使う。召喚術以上にオレ自身のあるかないかの魔力をフルで使うから疲弊はけた違いだが、この際仕方がない。
「おいおいユーグちゃん、何余計なことしているのかな!」
「――ッ!」
回復術に集中していたせいで連中の一人が近づいてきたことに気づけず、呆気なく蹴りとばされた。腹や背に同時に痛みが走るが何とか立ち上がってメリルのところに戻ろうとすると、すでにメリルを取り囲むように連中が立ちふさがっていた。
「……な、んでこんなこと……」
「そりゃあさっきも言っただろ? 血――生贄を使った召喚をやるんだよぉ。本当はさっき逃げちまったフェアリーなんかを殺してプラスすれば効果覿面だったんだけどなー、てめぇが逃がしちまうからよッ!」
「ぐ……!」
立ち上がろうとしたところをまた蹴り倒されて一瞬意識が遠のいた。 連中の言う血の召喚、というのはその名の通り犠牲を払い、その血臭で中位や上位の、獰猛な魔物を呼び出すための術だ。しかしそれは失敗することがあまりにも多いために、ずっと昔に禁じられた術でもあった。
「そういやお前、あの事件で血の召喚に立ち会ったんだよな? 俺たちは失敗しないからな……面白いものを見せてやる。そして従わせるんだ」
召喚士を目指しているくせに人の戦意を失わせるのがうまい――そんなことを思ってしまうくらい容赦なく男の足がオレの腹に、背や頭に何度も襲いかかってきた。そんな中でも聞こえてくる、荒い獣の息づかい……こいつらは気づいていないのだろうか。
「あぐッ」
後ろから抱えあげられて床に足がつかなくなる。
この状況――痛みで目がかすんでいく中、オレの脳裏に忌まわしい数年前の記憶が蘇り始めていた。
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