死なずの森

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静まり返った世界。 研ぎ澄まされた感触。 キェーイ。 繰り返される断末魔に近い阿鼻絶叫。 「シン、後ろ」 刀がぶつかり合う音と重なって高い女の声がした。 振り返ると、磨きのかかった銀色の鋭い刃がオレを狙っていた。 これはもうダメだな……。 そう思った瞬間、刃を持った男がオレを狙ったままの状態で倒れてきた。 わっ……、重っ……。 背中には短剣が刺さっていた。 「よそ見してんな!死にたいのか?」 これまた鋭い男の声。 銀色の混じった赤い髪の男が、たくさんの死体の上から冷たい目でオレを見下ろしていた。 死体?と言う名称が相応しいのかは分からない。 コイツ等はしばらくすれば、さっきまでと全く変わらない姿で動き出すのだから。 「あ……りがと……う」 「もたもたすんな、早くしないとまた襲ってくるぞ」 彼の名前はレイ。 オレと同じ数少ない人種。 死んだら終わりの人間だ。 「おし、完了!早く離れないとまた襲ってくるぞ」 さっき、オレの名を呼んだ長い黒髪の女が弓を肩に掛け、オレに手を差し出した。 真っ白の傷だらけの手。 ちゃんと手入れをしていたらキレイな手だろうに……、残念。 「早く立て!」 「は、はい」 レイと言い、彼女と言い、オレと違って気が強く扱いにくい。 いや、扱える訳なんてない。 オレはただこの二人に着いていくだけで精一杯の人間なのだから。 ******************** 「シン、こっちにおいで、シン」 ようやく、歩きを覚えた頃。 小さい自分の数メートル先に、まだ若い母親の姿があった。 幸せそうに自分を見守る母親。 そして、その隣にいる若い父親。 よくは覚えていないがオレも幸せだったと思う。 大好きな母親と大好きな父親。 暖かい日射しの中、近所の公園で過ごす幸せな家族。 だけど、次の瞬間。 その小さな幸せは消えてしまった。 「アンヨが上手、上手」 母親の声に合わせて歩いていたオレは石につまずき転んでしまった。 「シン」 駆け付けた両親がオレを抱き上げて、息を飲み込んだ。 オレの膝から赤い血が流れてたのだ。 「シンがまさか……まさか……あなた……」 「……」 突然の出来事に言葉を失った父親は低くそして、深く息を吐いて絞り出すような一言を出した。 「欠陥人間……」 ああ、この後の事はよく覚えている。 公園にいた全ての人間の好奇心の目が自分に向けられた。 好奇心?いや、そんな甘いものじゃなかった。 殺意にも似た冷たく突き刺さるような視線。 その視線から庇うように母親はオレを強く抱き締め逃げるようにして公園を出た。 それからと言うもの、オレは外にほとんど出る事を許されず、母親に守られて育てられた。 「ごめんね、シンこんな思いをさせて……普通に生んであげることが出来なくてごめんね……」 毎日毎日同じ言葉を泣きながら繰り返す母親に何て言っていいか分からなかった。 ママが悪い訳じゃないよ……。 何でそう言ってあげられなかったんだろう? ******************** 「また泣いてんのか?」 先程の戦いでケガした肩を氷水で冷やしていると、長い黒髪のユリがオレの顔を覗き込んだ。 「どうした?痛くて痛くて涙が止まらないのか?それともまたママを思い出してるのかな?」 このマザコン。と言って、ニシシと笑うユリ。 ちらりと見える八重歯が魅力的だった。 コイツ、黙っていればいい女なのに。 「それにしても……、さっきの闘い方は何だ?そんなに死にたいのか?」 死と言うその言葉の重さを知っているのは広い世界で僅かな人類しか残っていないだろう。 いつからだろう? いつから、人間は不死身の力を得たのだろうか? そして、どうして、オレたちのような死んだら終わりの人間が生まれてきたのか……。 この世界の大半の人間は、ある一定の年を取ると年も取らなくり、若いままで生き続ける。 たった一つ。彼等が動かなくなること、それは、彼等自身が自ら命を経つこと。 自殺----------。 かつて、それは、法に触れる時代もあった。 人々は、人類が殺しても死なないことを知ると、ありとあらゆる残虐な方法で、身近な人間を殺戮し始めた。 不思議なことに、今まで殺人とは無縁のところにいた人間の方が、先頭切って人を殺し始めたのだ。 殺しても死なないのなら、何をしても許される。 そんな中で、人々は殺したら死んでしまう人間がいることに気が付いた。 殺したら死ぬ人間の死に方にたくさんの人類が快感を覚えた。 苦しくて悶え死ぬその姿が、たまらなくそそるらしい。 そのうち、死ぬ人間の肉はこの世の中で極上の食物だと根も葉もない噂まで流れ始めた。 中には、年を取る人間をずっと観察し、段々と弱っていく姿を見て楽しむと言う悪趣味な人間まで現れた。 「オレたちと同じ人類はあとどのぐらいいるのかな?」 オレたち3人はオレたちと同じ人類だけを集めて、平和な世界を作ろうとしていた。 平和な世界?  本当にそんなものが作れるのだろうか? 「そんなの分かる訳ないだろう?だけど、オレはあいつ等に喰われるのだけはごめんだ」 火を起こしていたレイは手についた煤を払いながら言った。 「そうだよな、レイの肉は純血の肉だもんなー、真っ先に狙われる」 またしても、ニシシとユリが笑い出した。 レイの両親は二人とも、死んでしまう人間だった。 ある日、レイの目の前で黒ずくめの集団に連れ去られてしまったらしい。 レイは何も言わないけど、両親が生きていると信じていて、ずっと探しているのではないかと思う。 「今日の騒ぎでオレたちの存在がばれたはずだ。明日朝早く、ここを出よう」 レイは焼き上がった串刺しの魚を食べ始めた。 そう、オレたちに休む間は無い。 明日を生き抜くために、オレも魚に手を伸ばした。
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