第一部 ケイの冒険

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 その本は、今から三十年前すなわち二〇三〇年代に起こった地球外細菌による植物伝染病の記録である。記録によれば、その頃、土星の衛星タイタンでの調査を終え、その土や岩石等を採取し地球に帰還した一機の無人探査船があった。探査船自体はやや旧式であったものの、当時においても厳重な検疫プロセスを経て回収作業は行われた筈だった。ところが、これはひた隠しにされていたことだが、その検疫プロセス中にあるトラブル──おそらく人為的ミス──があったらしい。  探査船が帰還してから間もなく、被子植物──特に高等な単子葉植物を中心に異常な伝染病が発生し、ラン科・ユリ科など様々な花たちが次々と枯れていった。科学者達がその原因は地球外細菌であることを解明し、人々が事の重大さに少しずつ気が付き始めた時には、すでに単子葉植物がほとんど死滅し、双子葉植物のキク科・バラ科といった花々も発病し始めていた。やがて、この細菌は、植物の花被や葉に含まれるアントシアン・カロチノイド等の色素に誘引されるらしいこと、アルカロイド等の植物の二次代謝物質存在下で特に活発に増殖すること、さらに、被子植物の中でも発達した花被を持たない種類や裸子植物以下の下等な植物はこの細菌によっては何の影響も受けないことなどが、科学者達の努力によって判明した。しかし、ようやくタイタンから侵入してきた細菌への対抗策が案出され始めた頃には、被子植物のほとんど全てが絶滅され、もはや地球上には美しい花を咲かせる植物は全く存在しなくなったのである。
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