予定外

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「ところで。どうしてヴァイオリンを盗んだりしたんだ?」 アシェルの隣からクープを覗き込むようにしてレビィが尋ねた。 クープはアシェルの手を払いのけ、赤くなった頬をさすりながら答えた。 「盗んだんじゃない!あれは父ちゃんのヴァイオリンだから返してほしかっただけだ!」 「父ちゃん?」 「そうだ。」 クープはふんっと胸を張った。 「実は私の主人もヴァイオリニストだったんです。」 アシェルとレビィのカップにコーヒーを注ぎながらシンシアが言った。 「主人は3年戦争で軍楽隊の一員として従軍していました。しかし6年前に戦闘に巻き込まれて亡くなり、彼が大切にしていたヴァイオリンの行方もわからなくなってしまったんです。探しようもなくもう諦めていましたが、1週間前、シュルツさんのお店のウィンドウにそれが飾られているのをクープが偶然見つけて。」 ラナシア本国は今でこそ平穏だが5年前までは戦争の絶えない国だった。 高い軍事力を誇っていた当時の政権は大陸制覇の野心を持っており、10年前には僅か7年で大陸の東部を制圧、やがて西部にその触手を伸ばした。 西側との戦いは“3年戦争”と呼ばれているが、東部のようなわけにはいかず戦果は一進一退、隣国の領土さえなかなか奪うことはできなかった。 そのうち政府内でクーデターが起き、戦争を嫌った国民の後押しもあって軍事政権はあっけなく倒れ、新政府は平和路線に舵を切った。 西側とは和平条約と不可侵条約を結び、やがて征服した東部の国々も解放された。 旧ラナシア軍により再建不可能なほど破壊された国を除いての話だが、その時を以って大陸はようやく平安を取り戻したのだった。
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