コンテスト

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だからアシェルとレビィがここでこの曲を奏でるのは、決して憎しみや非難の気持ちからではない。 ただ彼らはその音色を以って感じてほしいのだ。 この大陸の端に小さな国があったことを。 この曲を愛し、静かに穏やかに暮らしていた人々がいたことを。 ラナシア本国の住民は遠く離れた地にあったそんなちっぽけな国の国歌など知らない。 そして自国の軍隊がそこでどんなにひどいことをしたのかもーーー。 戦争に反対するクーデタが起きたのも本国に被害が出始めたからであり、自らに火の粉が降りかからない限り、多くの人々は戦争の悲惨さに思いを寄せようとはしない。 しかしアシェルとレビィが奏でるメロディーは観客達の心をこじ開け、その胸を震えさせた。 気づけば多くの人がわけもわからず涙を流していた。 もし泣けるのなら、恐らく私もそうであっただろう。 渾身の演奏を終えたアシェルとレビィは父親の形見のヴァイオリンを静かに下ろし、観客席に向かって深く一礼をした。 圧巻の演奏に観客席は一瞬水を打ったように静まり返った。 1人の紳士が立ち上がり、大きな拍手を送った。 みんなも次々とそれに倣い、やがて会場は拍手喝采の洪水となった。 こう言っては申し訳ないが、それ以降の参加者の演奏は必要ないようにさえ思えた。
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