〇〇しないと出られない部屋

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「魔法空間だとするとさ。この紙に書かれていることをしないと、本当に出してもらえないかもね」  ヒロが嘆息(たんそく)しながら言うと、ビアンカは思案するように口元に手を当てる。 「……でも、泣かせるって。どうするの? 何をすればいいのかしら?」  (もっと)もな意見である。一言に『泣かせる』と謂えど、その方法も多岐にわたる。――精神的に追い詰める、肉体的に痛い目に合わせるなどなど。 「う、うーん……。僕は……、女の子を痛めつけて泣かせたくないし。――できれば、()がって泣いてもらう方が、好みかなあ。気持ち良くて泣いちゃった顔、凄いイイんだよね……、なんて……」  最後の辺りは言葉尻を(すぼま)ませ、何やらごにょごにょと口の中で呟いた。  些かビアンカには言えないような妙な考えが頭を過ったようで、気まずげにして黒髪を押し当てた手で搔き乱す。  ビアンカの耳にはヒロの言葉の前半部分しか届いていなかったらしい。だので、女性に優しいヒロらしい紳士的な返弁だと思い、可笑しそうにくすりと笑った。 「そうしたら、ヒロが泣くの?」 「不本意だけど、それが妥当じゃない? ――ビアンカ。何か、僕が泣いちゃうような悪口でも言ってみて?」 「え?」 「遠慮なく何でも言って良いからさ。思いの丈をどうぞ」  朗らかかつにこやかな笑みを浮かせ、ヒロは自身の胸を叩く。  そのように構えられては悪口の意味も無いのでは――、と。ビアンカは内心で思いつつ、罵りとなる言葉を考える。しかし、いざ悪口を言えといわれても、早々と単語も出てこない。  暫く唸るように喉を鳴らしていたビアンカだったが、はたと翡翠の瞳をヒロへ差し向けた。 「ヒロは女難の相が出ているわよね。女運が無くて、可哀そう」  ビアンカの思い切っての吐露だったが、立ちどころにヒロは「ぶふっ!」と勢いよく噴き出した。 「ビアンカッ! それは……っ、悪口にならない上に……っ、くふっ、よく言われるし、自覚してマス……っ!」  腰を折って腹を抱えるヒロを目にして、ビアンカは不服げに眉間を寄せた。せっかく意を決して口にしたのに、と実に言いたげだ。 「んー……。あなたって女顔でへらへらしっぱなしで、男らしさが見えないわ」 「あー、それもよく言われるなあ。でも、僕ってば、脱ぐと凄いんだよ」 「考えているようで考え無しの脳筋よね」 「あはは、知ってる。割と直感頼みだったりするんだ。――ってか、ビアンカ。悪口に全く心が籠っていないんだよねえ。思ってもいないことを言っているの、バレバレだよ?」 「し、仕方ないじゃない。ヒロに言える悪口なんて思いつかないから、アユーシさんやユキさんが言っていたことを思い出して、それを真似しているだけだもの」 「あいつら……、あとで覚えておけよ……」  ついビアンカが口を滑らせた言葉に、ヒロはスッと目尻鋭く凄みのある低音を漏らす。失言だったとビアンカは慌てた様子で、次なる悪口を必死で考えた。
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