〇〇しないと出られない部屋

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「あんまり人前でベタベタしないでほしいの。変にくっつかれると、誤解されちゃいそうだし。――それに、あなたもいい歳で子供じゃないのよ。大きな体をしているのに人様に抱き着いて甘えているのって、傍から見たらおかしいでしょう?」 「あっ! それは恥ずかしそうに上目遣いで言ってくれると、ぐっと来るんだけどっ!!」  全く以て悪口になっていない誣言(ふげん)――というよりも忠告の言。それを耳に入れると、ヒロは頬を朱に染めて嬉しそうに笑い、身体を左右に揺らす。 「ビアンカってさ、くっつくと女の子って感じの甘い良い匂いするし、(あった)かくてふにゃっと柔らかいし。恥じらいのある凄く好みな反応してくれるし、触りがいがあってイイんだよねえ」  尚もへらへらと口述して怪しげな手付きを取るのを見やり、ビアンカの眉がピクリと不快げに跳ねた。 「……ヒロ、気持ち悪い」  翡翠の瞳に冷たさを有した心の底からの本音が、ぽつりとビアンカの口をつく。 「うっ。今の結構、本気だったね……。地味に、効いたんだけど……」  揺らしていた身体を止めて、言葉切れ切れに大げさに胸元を押さえる。――さような仕草を取ると、ヒロは不意に不貞寝を呈してごろりと横になった。  先にヒロが口にした弁は、ビアンカから罵りを引き出すための冗談――実際に下心はあるのだが――だったが、本心からの言葉を投げられて傷付いた様子も窺わせない。 「うーん。でも、泣くほどかって言われると、大したダメージじゃな――ぐえ……っ?!」  俯せに身を返した気の抜けた様相を見せていたヒロは、突として肺から絞り出された、蛙のような間の抜けた声を出した。  腰辺りに突如としてかかった重みに驚き、首を傾いで背面に視線を向けると――。ヒロの上へ、さも当然の如く腰かけるビアンカの姿があるではないか。 「ちょっ! ちょっと、ビアンカッ?! なにやっているのさっ?!」  自らの腰上に座り込んだビアンカに驚愕し、ヒロは俯せのまま身じろいだ。  ビアンカ程度の体重なら、ヒロの力を以てすれば振り落とすなど造作もない。――はずだったのだが、ビアンカは何処に力が加われば人体が身動きしづらくなるか了しているようで、ヒロは思惑通りにビアンカを退かすことがままならなかった。  ビアンカを振り落とせずにヒロが困惑していれば、ビアンカは翡翠の瞳を悦に細めて見下ろしてくる。 「――私ね。小さい頃は悪戯が大好きで、突飛なことばかりしていたせいで『じゃじゃ馬娘』とか『鉄砲玉娘』って言われていたの。怒られちゃうことも多かったけど、悪さをしている時って気分が高揚して、面白かったなあ」 「う、うん……?」  ビアンカは急に懐かしみ、想い出話を綴りだす。突然どうしたのだと紺碧の瞳が傍目にビアンカを映すと、恍惚とした至極いい笑みである。 「こうやって無防備に背中を見せられて、ドキドキしてきちゃって。……あなたを襲いたくて、我慢できなくなっちゃったのよ」 「え……、ちょ……っ! ビアンカッ?!」 「ヒロなら何をされても、笑って許してくれるわよね?」  ビアンカの口から綴られていく、なにやら不穏な言葉――。  目端に見える陶酔の笑顔とは反目に、ヒロの頬は引き攣った。もの凄く嫌な予感がすると思った。
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