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「やっ! ――ほんっ、と、無理むりっ! もう止めてーーーーっ!!」
ビアンカの精細な指の動きに翻弄されっぱなしになり、ヒロは大笑いしながらイヤイヤするように黒髪を振り乱す。
くすぐりに集中しすぎているせいで、力強い身悶えの結果、俯せ状態から仰向けにひっくり返ったことにヒロは気付いていない。自身の下腹辺りにビアンカが馬乗りになっている事実にも、一切気付いていないようだ。
当のビアンカも笑壺に入っているらしく、ヒロの笑いと一緒になってくすくすと喉を鳴らしている。
「ふふ。ヒロってば、凄くイイ顔してる。もっと見せてほしいなあ」
「いやいやいやっ! あっ、あは、ダメだって! ――も、もう、息、続かな……っ」
紺碧の瞳に涙の膜が浮いている。頬どころか耳や首筋にかけても赤く上気した、なかなか見ることなどできないだろうヒロの顔。そんな表情を見下ろすビアンカは、優越の笑顔。
もっと見たいなどと強請られ、ヒロは拒否を発するが、くすぐられ続けたことで息が上がっている。声を出すだけでも精いっぱいで息苦しい。
強弱付いた弄りを受けるのも、いよいよ限界に近付いてきた。
足をばたつかせ、碌に力が入らなくなった両手がビアンカの細い手首を掴んだ。
手を抑えられたビアンカが「あら」と溢したのと同時に、ヒロの紺碧の瞳に浮いていた涙がぽろりと零れ落ちた。
――ピンポーーーーンッ!!
やにわに聞きなれない音調を宿す、軽快な音が室内に響いた。
併せて、今まで何も存在しなかった真っ白な壁に、魔力の歪みがぐにゃりとした渦となって現れる。
その様子を紺碧と翡翠の瞳が見取り、次にはお互いに顔を見合わせあって――。からの、一瞬の静寂。
「――やっぱり、思った通りだったわ。別に悪口とかで無理に泣かせなくって良かったみたい」
口汚いことを言うのは心苦しかったのよね――、などと言いながら、ビアンカはヒロの腹の上から腰を上げ、改めて床へと腰を下ろした。
漸くくすぐりから解放されたヒロはぐったりとしたまま、苦しげに肩で息をついている。
「うう。だからって……、これは、ないよ……」
掠れた不満を漏らし、苦々しげに整った眉を寄せる。その表情は疲れ果てた様を醸し出し、両手足を投げ出した体勢が、今は何もしたくないと雄弁に物語っていた。
「笑い泣きなら、どっちも楽しいから良いじゃない。私も愉しすぎて涙が出そうだったわ」
「そりゃ、なにより……」
くすくすと笑うビアンカを恨めしげに見やり、ヒロは溜息を吐き出した。そうして、未だに荒い息を整えるためか、胸に手を当てて幾度か意識的に上下させていく。
「起きないの? ここの出口、開いているけど?」
「ちょっと待って。笑って力み過ぎたせいで……、力、入らない。足腰が立たない、かも……」
「もう。なにやっているのよ」
「ビアンカのせいでしょうよっ! 僕をムリヤリ弄んでオモチャにしてさあ。責任取ってよねっ?!」
呆れを含んだビアンカの物言いに、ヒロは冗談混じりの慨嘆を言い放つ。
ビアンカは一瞬きょとんとするも、すぐに改まって人差し指を頬に押し当て、思案の仕草を取った。
「うーん、と。もし、出口が閉じちゃったりしたら、責任を取ってくすぐってあげるわ。ヒロってば凄くイイ反応してくれるし、また泣き顔を見せてもらおうかな」
「えっ?! それは勘弁して……っ!!」
思わぬ返答に、ヒロは血相を変えて頬を引き攣らせる。さようなヒロの慌てぶりに、ビアンカは意地悪な笑みを浮かしていた。
その後――。暫しの休憩を挟み、ヒロとビアンカは無事に謎の部屋を脱出したのだった。
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