ヒヤシンス・アパートメントとフラワーマンション

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ヒヤシンス・アパートメントとフラワーマンション

小田急線「千歳船橋」。新宿から15分ほどのこの地は、その昔さびしい湿地が広がり、人が葦の間に間に小船を浮かべて行き来していたたなんて…夢のようなお伽話としか思えない。いたる所に浮き橋が有ったから「千歳船橋」と名付けたとか。 私が住んだ昭和50年代は千歳船橋は既に住宅地だったが、少し入れば農村の風情が残っていた。下北沢から成城学園前の間は元々が農村から計画的に宅地化された。そのため新宿や下北沢が漂わせる闇市の猥雑さとも、成城学園から先の多摩川べりの雰囲気とも異なる。 小学校5年生に進級する春、両親が別居を解消し、母と二人で暮らした杉並区から、私は初めて世田谷にやってきた。子供なんて大人の都合であっち行ったりこっちに来たり。でも新しい町に引っ越すのは嫌いじゃない。11歳の私は世田谷西部の長閑さがすぐに好きになった。「水が合った」のだと思う。 40年ぶりに千歳船橋の南側に降り立ち、かつての通学路を歩く。 改札を出て高架下をくぐり城山通りを渡る。世田谷区の駅はほとんど高架になってしまったが当時は踏みきりを挟んで商店街が延びていた。その、城山通りに面した商店街の入り口に「コトブキ」というチェーン店のケーキ屋が有った。今は「コトブキ」チェーン自体を目にしない。「不二家」だってヤマザキに買収されてしまったのだから「コトブキ」は無くなってしまったのだろうか、寂しいなあ。私は、オーガニック原料にこだわったシックなパティスリーより、工場で作ったオモチャみたいなケーキが並ぶチェーンのケーキ屋さんが好き。特に「コトブキ」の「パフケーキ」を忘れることができるものか。
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