3. 曇天

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 苦しいテスト期間が終わった。  出来はともかく、この解放感は何度味わってもいいものだ。  テストのあとは長期の休みとなる。  結局、暁からの返事はなかったが、休みを利用してハンガーに行くことにした。  いつもなら楽しい山道も、今日は何も目に入らない。  まっすぐハンガーに行くと、暁とアビーだけでなく、晴朗や秘書、知らないヒゲの男性がいた。 「もしかして、チームアカツキ勢ぞろい?」  だとしたら、そんな場所に顔を出していいものか躊躇う。  外から入るタイミングを計っていると、暁が一番に気付いてくれた。 「舞! 来てくれたんだね!」 「暁!」  そんなに長く会わなかったわけじゃないのに、とても懐かしく思えた。 「また、会えて、良かった……」  暁から連絡が来なければ、もう二度とここに来ることはなかった。  会えたことに感激して、涙まで出てきたので必死に拭きとる。 「舞、どうして、泣いているの?」 「暁の顔を見たからよ。嬉しくて涙が出るの」 「ありがとう。僕も嬉しいよ」  優しい笑顔で見つめてくれる。 「でも、来てほしいなんて、どうしたの? それなのに、返事もくれないし。心配したのよ?」  暁は、舞の言葉にハッと驚いた。 「返事を忘れていた!」  本気で忘れていたようで、暁は平謝りしてくれた。 「ごめんね。とても忙しくて、すっかり忘れていた。でも、よく来てくれたね」 「アキ! それどころじゃないでしょ?」  アビーが、イライラしている。  舞が来たことを拒否していないが、決して歓迎ムードではない。 ――厄介者がきた。  そんな感じだ。  アビーは舞に言った。 「なんでアキに呼ばれてすぐ来ないの? あなたの熱意、そんなもの?」 「え? それは……、テスト期間だったから……」  来なくてよかったのにと言われると思っていたので、そこを責められるとは夢にも思わなかった。 「アビー、やめなよ。舞が忙しい中を来てくれたのに。テストならしょうがないよ。舞、ごめんね。気を悪くしないで」 「遅くなったことがそんなに責められるの?」 「違うんだ。そうじゃない」 アビーが舞の腕をグイッと掴んだ。 「とにかく、これを見て!」  強引に引っ張られて連れていかれた。 「呼んだ理由は、これ」  アビーに見せられたのは、無残に傷つけられた『AKATSUKI』号だった。  これが何を意味するのか、にわかには分からなかった。 「え? どういうこと?」 「見れば分かるでしょ。何者かにやられたのよ。ディスクブレーキ、補助翼、昇降舵、方向舵がやられた……」  至る所のカバーが、何かをぶつけたように破壊されている。  悔しさのあまり、アビーは泣きそうになっているが必死に抑えている。  固いもので、やみくもに打ち付けたように思える。 「ひどい、一体、誰が……」  衝撃を受けているところに、さらなる追い打ちを掛けられた。 「あなたに心当たりはない?」 「それって、どういう意味ですか?」  その時、初めて、自分が疑われていると分かった。  そう思っただけで、体が震えた。  暁に向かって聞いた。 「暁、私を疑っているの? それでここに呼んだの?」  暁は悲しそうに首を振る。 「僕は舞を疑っていない。ただ、ここに出入りしたことのある人に聞いて回っているだけ」 「疑っているじゃない!」  思わず、声が大きくなった。  アビーが腕を組んで睨んでいる。  晴朗が丁寧に説明した。 「レースまで時間がない。最優先なのは修理だ。だが、再び被害に遭う危険性が考えられる中でこのまま犯人を放置することはできない。申し訳ないが、君にも協力を頼みたい」  努めて冷静な口調だが、怒りを抑えきれていない。  大事な投資先が危機に陥っているのだから、その怒りは当然だろう。  でも、舞はやっていないし心当たりもない。  アビーは援軍を得て、さらに強い口調になった。 「いい? 今は、泣いている場合じゃないの。アキのピンチなの。分かる?」 (分かってる! 分かってる! でも、言葉にできない……)  悲しくて涙が止まらなくなった。  言われるままでいる舞を見かねて、暁がアビーに注意した。 「アビー、待ってよ。舞は犯人じゃない。皆で取り囲んで、まるで犯人のように問い詰めたら可哀そうだよ」 「暁……」  暁だけは、信じてくれている。それだけでも心強くて、この責め苦を耐えられる。 「誰も、この子が犯人だとは考えていない。心当たりがないか、聞いているだけでしょ。ねえ? みんな」  晴朗もヒゲの男性も頷いて、アビーの言葉に同意した。  小春だけはチームアカツキのメンバーではないのか無表情でいる。  そもそも、関心がなさそう。  自分は仕事でここに居るだけ。  犯人捜しは仕事の範疇外。  そんな本音が態度から滲み出ている。
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