4. 凍曇

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「舞は、まだいる?」 「ええ。何か手伝うことはある?」 「『AKATSUKI』号の手入れをするから、それを手伝ってもらえるかな」 「分かった。手入れって、どうやるの?」 「機体を雑巾で拭くだけだよ。飛行訓練のあとは、必ず綺麗にする。スモッグのせいで、結構、汚れるんだよね」  雑巾とバケツを持ってくると機体を拭きだした。  舞も雑巾を手にすると、暁の反対側から拭いていく。  雨の中を飛んだ『AKATSUKI』号は、びしょ濡れだから乾いた雑巾で水滴を拭き取っていく。  黙々と手を動かす。  二人しかいないハンガー内はとても静か。  それに対して、外から雨音がよく聴こえる。 「雨、やむかな」  やむどころか、屋根に当たる雨音が激しくなった。  屋根から滴る水滴が滝のようになっている。 「豪雨になってる! やむまで出ない方がいいわね」  この中では傘を差しても数秒後にはずぶぬれだ。  しかも、山道はぬかるんでいたり、水溜まりができていたり、流れる泥水に行く手を阻まれる。 「僕はバイクしか持っていないし、さっき、誰かの車で送ってもらえばよかったね」  暁が、舞の帰りの足を心配している。 「暁は、バイクで帰るの?」 「いや、帰らない」 「どうして?」 「防犯カメラは壊されてしまったし、ここに泊まり込んで監視するよ」 暁がとんでもないことを言い出したと舞は驚いた。 「暁、晴朗さんに言われたでしょ。自分の身の安全を第一に考えてって。ここに一人で泊まり込むって、危険の中に身を置くってことよ」 「無人になったら誰かが入ってくるかもしれない。それより、人がいたほうがいい」 「だめ。危険よ」  舞は、とても心配になった。  咲夜や怖い組織が来ると思うと、不安にならずにいられない。 「やっぱり警察に通報したら? パトロールも頼めるし、早く犯人が捕まった方が安心じゃない?」  暁が沈痛な面持ちで言った。 「舞、ここだけの話だけど……」 「なに?」 「犯人は外部の人間じゃないかもしれない……」 「外部の人間じゃないって……。え? チームメンバーってこと?」 「うん」  暁の見解に舞は唖然とした。  単なる物取りでも、闇組織でも、咲夜でもない。  チームメンバーということは、アビー、晴朗、雲霄、興造となる。 「ねえ、私も含めてる?」 「舞は含めていないよ」 「ああ、よかった」  それを言われて、凄く嬉しかった。 「だから、僕に危害を加えることはないと思っている。警察の通報を止めたのも、それが理由。仲間を警察に突き出す気はない」 「いったい誰が犯人だって言うの?」 「誰かは分からない」 「誰が犯人でも、とても、信じられない。そう考えた根拠は?」 「犯人は合いかぎを使って侵入しているようなんだ。合いかぎを持っているのは、アビー、晴朗さん、雲霄さんだから」 「あ、そういうこと……」  舞は持っていないから疑われない。 「アビーはアメリカに帰ったのだから、物理的に不可能。雲霄さんは、暁を大好きみたいだし、晴朗さんは、暁に多額の投資をしている。二人とも妨害工作をするようには考えられない。どの人も、犯人とはとても思えない……」 「人って分からないものだからね」 「そうなの?」  寂しい意見が暁の口から出てきたことにある意味驚いた。 「さっきの会話で分かったと思うけど、晴朗さんと雲霄さんの場合、チームアカツキに参加しているのは金銭目的だ」 「……」  言われてみれば、確かにそうだ。  雲霄は、高額の報酬を期待しての参加で、晴朗は、暁を投資先の一つとして考えている。  身の安全を心配したのも、大事な投資先だからなのだろうか。 「雲霄さんも晴朗さんも、ブックメーカーで僕の敗退に賭けていたとしたら、考えられなくはないんだ。勝てば大金が入る」 「関係者も買えるの?」 「他人名義で購入すれば可能だよ」 「じゃあ、純粋に暁を応援しているのって……」 「信じられるのはアビーしかいない。そんなアビーを僕は怒らせてしまった。前の事件があって、あれから彼女は毎日ここに泊まり込んで管理をしてくれていたんだ」 「アビーがいなくなったから、侵入を許してしまったというの? だったら、全部、私のせい」  暁の大切な味方をアメリカに帰してしまった。  災いを呼び込んだのは自分。そう思うと苦しくなる。 「アビーがいなくなったことを、晴朗さんも雲霄さんも知っている」 「それで妨害工作の機会を得たとばかりに動いたというの?」 「タイミングが良すぎるんだよね」 (雲霄さんの笑顔も晴朗さんの笑顔も、つくられたものだったというの?)  舞にはとても信じられない。 「暁、私、やっぱりみんなを疑えない。晴朗さんはエアレースよりも暁を心配していた。雲霄さんは、視界の悪い中、機体を一生懸命に双眼鏡で追っていた。とても真剣だったわ。チームアカツキは一枚岩。みんなが暁の勝利のために動いているいい人たちよ」  舞は、暁になんとか考えを変えて欲しかった。 「みんなを疑うのはやめようよ」 「僕だって、疑いたくないよ……」  暁が苦悩している。 「疑ったままで大会に出られるの? お願い。みんなを信じて」 「分かった……。舞がそこまで言うなら、疑うのはやめる。みんなを信じる」  暁が最後に舞の言葉を聞いてくれた。 「外部の仕業だとして、暁がここに一人でいるのはとても心配。だから、私もここに泊まるわ」 「ええ!?」  舞の言葉に、暁がのけぞって驚いた。 「いや、それはちょっと。家族が心配するよ」 「いいの。それにこんな豪雨の中、山を歩いた方が危険でしょ。安全のためにもここに泊まるわ」  外の雨は激しく続いている。  暁も雨の様子を窺った。
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