4. 凍曇

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 沈黙がいけないんだと思った舞は、会話を続けようと質問した。 「ねえ、暁って、エアレース以外はどんな生活を送っているの?」 「エアレース以外? いや、生活のほとんどはエアレース漬けだよ」 「高校は? 通っていないの?」 「アメリカの高校と日本の高校の両方に所属している」 「両方通うなんて、そんなことできるの!?」 「課題を家でやって、半年ずつ現地に滞在して、大会と大会の間に通うんだ。だから、今は日本の高校に通っている」  国を跨いで、二重の高校生活を送れることに驚いた。 「高校って、そんな通い方ができるんだ。初めて知った。両立が大変そうね」 「大変だよ。でも、自分で決めたことだからなあ」  暁と話していると、自分が何にも知らなくて恥ずかしくなる。 「今回のエアレースが終わったら、しばらく学校に行かなきゃ。ああ、考えただけでうんざりするよ」 「どこの高校に通っているの?」 「私立汪徳(おうとく)学園」  汪徳学園は、良家の子息が通うことで有名な高偏差値校。卒業生の中には、政財界の重鎮になったものも多いと聞く。 「名門じゃない」 「僕みたいな特殊な事情を受け入れてくれるかどうかで選んだから、名門とか考えたことないよ」  アメリカ育ちでエアレースのことしか頭にない暁のことだから、知らなくても変ではない。 「アメリカでは、なんていう高校に通っているの?」 「ウィスコンシンン州マディソンにある私立モノーナ高校」  舞は、ウィスコンシンン州を知らなかった。  ピンとこない舞を見て、暁がさらに説明を加えた。 「ウィスコンシンン州は、シカゴのあるイリノイ州の隣」 「シカゴ?」  シカゴなら聞いたことあるが、場所も街のイメージも出てこない。 (もっと、勉強しなきゃなあ……)  特に、地理。大会の開催場所とかも、すぐわかるようにしたい。 「国の違う2つの学校に通って、世界中のエアレースに参加して。暁は、どうしてそんなに頑張れるの?」 「応援してくれる人たちがいるからかな」 「そうなんだ……」 「高校もエアレースの戦績で特別入学が許されている。裏を返せば、それをがんばれってことだと思っている」 「そうだけど、普通の高校生よりはるかに大変じゃない」 「何かに賭けるって、いいものだよ。苦しいこともあるけれど、思いっきり専念できるいまの環境は幸せだ」 「幸せ……」  幸せってなんだろうって、いつも考えていた。  素敵な彼氏がいて、デートして、友達と放課後に繁華街に遊びに行って。  その時は幸せだと思っていたけど、自慢の彼氏は幻で、友情も幻で。  気が付くと一人ぼっちだった。  何を間違えたのか舞にはわからない。 (そうだ……、小さいころお母さんに聞いたっけ……) 『お母さん、幸せってなあに?』 『あなたがいることがお母さんの幸せよ』  その答えが全然理解できなかった。 「雨、止んだね」  暁の声で、舞は外を見た。  すっかり雨が上がって、空には月と雲。 「舞、もう帰れるんじゃない? バイクで家まで送るよ」  大雨で帰れなくなったという言い訳は、もう通じない。 「舞の家族に心配を掛けたらいけないよ」 「私の家族のことまで考えてくれるんだ」 「当然だよ。舞は家族の大事な宝物だろ?」  舞のことを山中に置き去りにした咲夜。  考えれば考えるほど混乱する。 「でも、暁がここに一人になっちゃう」 「僕は一人で大丈夫だから、帰りなよ」 「分かった……。危なくなったら逃げてね」 「ああ。約束する」  暁にバイクで送ってもらって、舞は夜遅く家に帰った。
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