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5. 飛翔
エアレースワールドシリーズの日がやってきた。
一日目は練習と予選で、二日目が決勝戦。
練習で最終の機体調整を行い、予選タイムで二日目の決勝戦の組み合わせが決められる。
「あー、いい天気で良かったー」
舞は、会場となる千葉の海浜を気持ちよく歩いた、
心配していた雨は降らず、快晴。
開放された空の青。
開催を知らせる祝砲が白い筋を伸ばしながらいくつも打ち上げられ、上空でパンパンと空砲を鳴らす。
海上には巨大なパイロンが2本一組で並んでいる。この間をエアゲートと呼ぶ。
すでに練習は始まっていて、エアゲートをエアプレーンが爽快に飛んでいく。
見ているだけで、こちらも爽快な気分になる。
観覧エリアはすでに満員で興奮と熱気にあふれている。
日本開催の国際大会は数年に一度。
大勢のエアレースファンがこの日を待ちわびていた。
主催者は暁に期待を寄せているらしく、『暁選手応援特設シート』まで作られていた。
舞の想像以上に、暁はスターのようだ。
「暁は何番目だろう?」
急ぎ足で暁チームのハンガーへ向かうと、『AKATSUKI』号が見えた。
「舞! こっちだよ!」
気づいた暁が手を大きく振って呼んでいる。
その隣には、アビーと雲霄、興造がいる。
「アビー! 戻ってきたのね!」
アビーに駆け寄ったが、私が来ても無視。機嫌が悪そうだ。
見慣れないノートパソコンを触っている。
「それ、どうしたの?」
何も言わないアビーに代わって、暁が説明した。
「アビーがアメリカから持ってきたんだ。バックアップデータを取っていたから、問題なく使えるよ」
「良かった。やっぱり、アビーがいなきゃダメね」
「フン」
褒めるとアビーは照れ隠しのようにそっぽを向いた。
その態度を見ても、もう傷ついたり悲しくなったりしない。舞は、平静でいられる。
他のチームを見た。
国際大会だけあって、参加者は国際色豊か。
むしろ、日本人はチームアカツキと運営スタッフぐらいで少数だ。
(ライバルチームだったとしたら、この大会に犯人がいるのだろうか)
誰もがレースに向けて最後の機体調整に余念がない。
「日本人の選手って、暁だけ?」
「そうだよ」
「晴朗さんたちは来るの?」
「もうすぐ来ると思う。ああ、来た! 晴朗さん!」
晴朗と小春がやってきたので、暁が出迎えた。
「いい天気になったな」
「風も少なくてコンディションは最高です」
小春はいつもの無表情……ではなかった。
怪訝な顔でノートパソコンを見ている。
そのことに暁が気づいて説明した。
「アビーが予備のパソコンを持ってきたんですよ」
驚いたように小春は否定した。
「あ、違うわ。そうじゃなくて、アビーさんがいたことにちょっと驚いちゃって」
「ハロー」
アビーが晴朗と小春には気さくに挨拶した。
克服したつもりだったが、これには少しだけ傷付いた。
晴朗もアビーの存在に驚いている。
「アビー……。まあ、来てくれるとは信じていたけど……」
「暁からSOSが来たら放っとけないでしょ。むしろ、アメリカに帰国していて良かった。すぐに予備のパソコンが準備できたから」
「アビーは昨日の深夜に日本に着いたんです」
「そうか。疲れているだろうけど、暁の優勝のために頑張ってくれ」
雲霄がやってきて暁に言った。
「今日は快晴だし、予定通りの装備で行きましょう」
「はい」
レースの順番を聞いた。
「暁の飛ぶ番はいつ?」
「この後、飛ぶよ」
「楽しみ。頑張ってね」
「今日はまだ練習と予選で、勝負は明日。かといって、手は抜けないけど」
練習フライトで機体調整を行った後、予選フライトを2回飛ぶ。
速い方の予選タイムで明日の順番が決まる。
決勝戦は、予選タイムの早いものと遅いものが2機ずつ組み合わされて競う。
舞は、暁の用意してくれた観客エリアのVIP席からレースを観戦しようとそちらに向かって歩いているところに暁が追ってきた。
「舞、アビーのことは気にしないでいいから」
アビーの当てつけのような態度に心配してくれたようだ。
「いいの。私、嫌われているんだよね。でも、アビーの気持ちを考えると、私からは何も言えない。それは暁のせいじゃないから」
「どちらも悪くないのに……。仲良くなれないのかな」
「暁、今はレースに専念して。私たちのことは私たちで解決する」
解決できる自信などないのだけれど、余計な心配を掛けたくなかった。
「舞……」
暁が、舞の頭を片腕で胸に抱きしめた。
「暁……」
嬉しいが、周囲の視線が気になる。
「舞、VIP席からは全てのコースを見渡せる。しっかり楽しんでいってね」
「うん。暁のフライト、しっかりと目に焼き付けるわ」
暁は、笑顔でハンガーへ戻っていった。
風の流れが急に変わり、海砂が舞った。
風が荒れるとレースも荒れる。
いくつものエアプレーンが失速していく中、『AKATSUKI』号は、暁の操縦テクニックで影響を最小限に抑えて14機中5位。
まずまずの滑り出しとなった。
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