5. 飛翔

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「You're duck.」  後ろの声に振り向くと、アビーが立っていたので驚いた。 「アビー! 見ていたの?」 「ええ。これを買いに来てね」  アビーは、売店のメニューにあるホットショコラテを指した。  晴朗がジュース、スポーツドリンク、お茶などをたっぷり差し入れしていたが、飲みたいものがなかったらしい。 「今の女はあのイカレ男の新しい女?」  アビーが普通に話しかけてきたことにも驚いた。 「そうですけど……」 「似合いの女。気にすることはない」 「え……」  アビーが慰めてくれている。 「あの、どうしちゃったんですか?」 「暁にとても怒られた。無視するのはひどくないかって。舞も被害者だって」 「暁が……。そうでしたか……」  暁がいてくれて良かったと、心からしみじみ思う。 「それだけじゃない。一方的に悪者にされて反撃しないから」 「反撃しないから?」 「同じレベルでやり返さないから、It’s quite anticlimactic.(拍子抜けしちゃった)」  アビーは肩をすくめた。 「アビー……」 「じゃ、戻るね」  アビーは、購入したホットショコラテを片手に戻っていった。 (アビーが話しかけてくれた)  たったそれだけのことでも、舞は嬉しくて元気が出る。  ただ、『You're duck.』の意味だけが不明で気になったので、あとで暁に聞いてみることにした。  ワー、ワー、と、歓声が上がった。  チャレンジャーカップが始まり、大勢の観客たちが夢中になって応援している。  舞も海上を飛ぶエアプレーンを観戦した。  巨大なパイロンの間を潜り抜けていく。  パイロットの腕次第でギリギリをすり抜け、時には接触。そんなときは歓声がひときわ大きくなる。  見事な滑空を見せられれば、一斉に感嘆する。  観客は、あたかも空飛ぶエアプレーンと同化したかのようだ。  チャレンジャーカップが終了すると、いよいよ、暁の参加するマスタークラスのラウンド・オブ・14が始まった。  マスタークラスは、14機が予選タイムによって組み合わされた2機一組で飛び、速かった方の8機と、敗者の中から最速の1機が、次のステージ、ラウンド・オブ・8に進む。  舞は、次々と飛んでいくエアプレーンを観戦した。  どれもミスなくゴールしていく。  暁の順番は、そろそろだ。 (『AKATSUKI』号が出てきた!)  所定の位置に着くとエンジンをかけ、プロペラが回り出す。  機体をサポートしていた雲霄とアビーが素早く離れた。  同じ組のもう1機も同じようにスタート位置で待機。 (3・2・1・スタート!)  スタート合図とともに対戦相手のエアプレーンが先に飛び立つ。  10秒後、後を追うように『AKATSUKI』号が飛び立った。 (暁が行った!)  舞は、一瞬でも見逃さないよう必死に機体を見つめた。  観客、運営関係者の誰もが空を眺めている。  中には『GO! AKATSUKI!』と書かれた手旗を振っている暁の熱心なファンもいる。  太陽光を浴びて滑るように飛んでいく『AKATSUKI』号。 「素敵……」  美しく勇ましい『AKATSUKI』号。それを操縦しているのは暁だと思うと、体の芯から熱くなる。  チェッカーフラッグ柄のスタートゲートを潜り抜けると計測開始となる。  1機目がスモークを出しながらスタートゲートを通過していく。 「スモークオン!」  周囲の観客が一斉に叫んだ。  その後に続いた『AKATSUKI』号だったが、いつまでたってもスモークを出さない。 「あれ? スモークを出さなくていいのかなあ?」  観客もザワザワとどよめいている。異常を感じて不安になった。  近くの観客が、「スモークを出さないとペナルティなのに」「機体トラブルかな?」と話しているので質問した。 「すみません。スモークを出さないと、どうなるんですか?」 「ペナルティタイムが加算されるよ」 「ありがとうございます」  失格ではないようなので安心したが、あれだけ慎重に整備していたのに、機器の故障など起きるのかと不思議になる。  シングルパイロンをスラローム、エアゲートを水平に通過。折り返し地点で大きく弧を描く。  順調にコースをこなしていくが、スモークだけは出せていない。  男性が、連れの女性にルールや用語を自慢するように説明している。 「パイロンの先端が赤いだろ? エアゲートを通るときは、赤の高さを飛ばないと高度不足でペナルティなんだ。……ああ、バーチカルターンをしたね。大きく弧を描くことをバーチカルターンっていうんだよ」  小耳に入ってくるが、暁が心配で頭には入ってこない。  機体がフィニッシュゲートを通過したので、舞はハンガーへ急いだ。
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