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「You're duck.」
後ろの声に振り向くと、アビーが立っていたので驚いた。
「アビー! 見ていたの?」
「ええ。これを買いに来てね」
アビーは、売店のメニューにあるホットショコラテを指した。
晴朗がジュース、スポーツドリンク、お茶などをたっぷり差し入れしていたが、飲みたいものがなかったらしい。
「今の女はあのイカレ男の新しい女?」
アビーが普通に話しかけてきたことにも驚いた。
「そうですけど……」
「似合いの女。気にすることはない」
「え……」
アビーが慰めてくれている。
「あの、どうしちゃったんですか?」
「暁にとても怒られた。無視するのはひどくないかって。舞も被害者だって」
「暁が……。そうでしたか……」
暁がいてくれて良かったと、心からしみじみ思う。
「それだけじゃない。一方的に悪者にされて反撃しないから」
「反撃しないから?」
「同じレベルでやり返さないから、It’s quite anticlimactic.(拍子抜けしちゃった)」
アビーは肩をすくめた。
「アビー……」
「じゃ、戻るね」
アビーは、購入したホットショコラテを片手に戻っていった。
(アビーが話しかけてくれた)
たったそれだけのことでも、舞は嬉しくて元気が出る。
ただ、『You're duck.』の意味だけが不明で気になったので、あとで暁に聞いてみることにした。
ワー、ワー、と、歓声が上がった。
チャレンジャーカップが始まり、大勢の観客たちが夢中になって応援している。
舞も海上を飛ぶエアプレーンを観戦した。
巨大なパイロンの間を潜り抜けていく。
パイロットの腕次第でギリギリをすり抜け、時には接触。そんなときは歓声がひときわ大きくなる。
見事な滑空を見せられれば、一斉に感嘆する。
観客は、あたかも空飛ぶエアプレーンと同化したかのようだ。
チャレンジャーカップが終了すると、いよいよ、暁の参加するマスタークラスのラウンド・オブ・14が始まった。
マスタークラスは、14機が予選タイムによって組み合わされた2機一組で飛び、速かった方の8機と、敗者の中から最速の1機が、次のステージ、ラウンド・オブ・8に進む。
舞は、次々と飛んでいくエアプレーンを観戦した。
どれもミスなくゴールしていく。
暁の順番は、そろそろだ。
(『AKATSUKI』号が出てきた!)
所定の位置に着くとエンジンをかけ、プロペラが回り出す。
機体をサポートしていた雲霄とアビーが素早く離れた。
同じ組のもう1機も同じようにスタート位置で待機。
(3・2・1・スタート!)
スタート合図とともに対戦相手のエアプレーンが先に飛び立つ。
10秒後、後を追うように『AKATSUKI』号が飛び立った。
(暁が行った!)
舞は、一瞬でも見逃さないよう必死に機体を見つめた。
観客、運営関係者の誰もが空を眺めている。
中には『GO! AKATSUKI!』と書かれた手旗を振っている暁の熱心なファンもいる。
太陽光を浴びて滑るように飛んでいく『AKATSUKI』号。
「素敵……」
美しく勇ましい『AKATSUKI』号。それを操縦しているのは暁だと思うと、体の芯から熱くなる。
チェッカーフラッグ柄のスタートゲートを潜り抜けると計測開始となる。
1機目がスモークを出しながらスタートゲートを通過していく。
「スモークオン!」
周囲の観客が一斉に叫んだ。
その後に続いた『AKATSUKI』号だったが、いつまでたってもスモークを出さない。
「あれ? スモークを出さなくていいのかなあ?」
観客もザワザワとどよめいている。異常を感じて不安になった。
近くの観客が、「スモークを出さないとペナルティなのに」「機体トラブルかな?」と話しているので質問した。
「すみません。スモークを出さないと、どうなるんですか?」
「ペナルティタイムが加算されるよ」
「ありがとうございます」
失格ではないようなので安心したが、あれだけ慎重に整備していたのに、機器の故障など起きるのかと不思議になる。
シングルパイロンをスラローム、エアゲートを水平に通過。折り返し地点で大きく弧を描く。
順調にコースをこなしていくが、スモークだけは出せていない。
男性が、連れの女性にルールや用語を自慢するように説明している。
「パイロンの先端が赤いだろ? エアゲートを通るときは、赤の高さを飛ばないと高度不足でペナルティなんだ。……ああ、バーチカルターンをしたね。大きく弧を描くことをバーチカルターンっていうんだよ」
小耳に入ってくるが、暁が心配で頭には入ってこない。
機体がフィニッシュゲートを通過したので、舞はハンガーへ急いだ。
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