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暁がコックピットに乗り込む直前に舞を呼び寄せた。
「舞、行ってくるね」
「客席で応援しているわ」
頬に軽くキスをされたので、驚いて舞い上がった。
「ヒャ!」
暁は、少年の笑顔を向けた。
「へへヘ。脅かしてごめん。ただのおまじないさ」
人が見ている中でキスされたら、どんな顔をすればいいのか困ってしまう。
舞は、ただ、ただ、赤くなって焦った。
アビーが出てきた。
「私とは?」
「もちろん」
暁がアビーの頬にキスをすると、アビーがお返しのキスを暁の頬にする。
(あ、そういうこと……)
慣れないことをされて舞い上がり、お返しのキスができなかったことを悔やむ。
「じゃ!」
「いってらっしゃい!」
暁は、コックピットに乗り込むとヘルメットを被りパイロットゴーグルを目に当てた。
係員がやってきて、「スタート位置にスタンバイをして下さい」と『AKATSUKI』号を計測器まで誘導する。
「なにするんですか?」
舞の疑問にアビーが説明してくれた。
「規定では、パイロットを乗せた重量が『698㎏以下』であることとなっている。スモーク装置を交換したから、スタート前に重量オーバーしていないか計測する」
「そうなんですか」
VIP席ではわからなかったことがたくさん出てくる。
雲霄がアビーに言った。
「これがあるから、パイロットは太れないんだよな」
「キノコばっかり食べている暁に、その心配はいらないわよ」
「暁がキノコばっかり食べているって、そういうことだったの!」
あれは暁にとって必要で大事な食材だったということだ。
アビーは、良く分かっていたから手を出さなかったということだ。
係員が数値を確認した。
「計量OK! GO!」
許可が出ると、全員後退。
『AKATSUKI』号からエンジン音が聞こえてきてプロペラが回りだした。
助走が始まる。
スピードが充分つくと、スタートゲートを目指して飛び立っていった。
「お願い! 全部順調に行って!」
舞は、コースを飛ぶ機体に向けて必死に祈りを込めた。
「スモークオン!」
『AKATSUKI』号から白い煙が出てスタートゲートを通り抜けた。
「よかった」
エンジン全開。最高時速370キロメートルの猛スピードで大空を駆け抜ける。
雲霄が舞に説明してくれた。
「1000分の1秒が勝敗を分ける、頭で考えている時間はない。すべて反射神経で操縦しなければならない。彼はそれができる稀有な才能を持ってる」
「反射神経で操縦って、考えられない」
「悩んだらパイロンに衝突だ。今までも、多くのエアプレーンがヒットしていただろ」
エアプレーンがぶつかったパイロンは大きく避けて空気が抜け崩れ落ちる。
ところが、わずか90秒で新しいパイロンが立ち上がるのだ。
この速さに観客も感動する。
4つのエアゲートを通り抜け、縦に並んだパイロンをスラロームですり抜け、バーチカルターンをし、垂直飛行をする。それを2周。
わずか1分程度の行程。それがとても難しいのだ。
大きなトラブルもなく、『AKATSUKI』号がフィニッシュゲートに入った。
メンバー全員駆けつけた。
「おめでとう!」
なんのトラブルもなく帰着したことを祝う。
降りてきた暁は、興奮しながら報告した。
「垂直尾翼を短く変えなくて良かった。途中で突風が吹いたけど、安定して直進できたよ」
「それはよかった」
舞も一番近くに駆けよる。
「暁、お疲れ様!」
「見ていてくれた?」
「ええ。しっかりと」
暁に抱きしめられて頬にキスされたけど、もう恥ずかしくない。
なぜなら、周囲はスペイン、イタリア、ドイツ、フランスなど、日本人以外ばかりで、チームメイトとの抱擁と軽いキスが当たり前だと分かったからだ。
雲霄や晴朗も、見てみぬふりをしてくれている。
アビーは、タイムを見ようと電光掲示板に集中している。
暁のゴールタイムは、「56.088」だった。
さっきより好タイムだ。
電光掲示板に8機のタイムが並んだ。
4位までが最後のステージ、ファイナル4に進めるが、暁は5位だった。
「5位?」
このままでは敗退だ。
舞はショックで息をのんだが、暁は冷静でいた。
「舞、まだだ。これで決まりじゃない」
「ペナルティタイムね」
エアレースは、機体ではなくパイロットの技術勝負。そのため、さまざまなペナルティがある。
スタートゲートの侵入速度が速すぎても遅すぎてもペナルティ。
エンジンの回転数にも上限がある。ターンの速度と角度にも許容範囲がある。
最短距離を飛ぼうとしてパイロンと接触する選手も多い。
ゴールしたときの飛行タイムだけでは決まらないから、最後までハラハラドキドキする。
「見て!」
アビーが叫んだので、一斉に電光掲示板を見た。
暁の順位が『4』になっている。
「上位の選手にペナルティがあって、暁が4位に繰り上がった!」
「ファイナル4に進んだ!」
飛び上がって決勝進出を喜んだ。
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