5. 飛翔

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 暁がコックピットに乗り込む直前に舞を呼び寄せた。 「舞、行ってくるね」 「客席で応援しているわ」  頬に軽くキスをされたので、驚いて舞い上がった。 「ヒャ!」  暁は、少年の笑顔を向けた。 「へへヘ。脅かしてごめん。ただのおまじないさ」  人が見ている中でキスされたら、どんな顔をすればいいのか困ってしまう。  舞は、ただ、ただ、赤くなって焦った。  アビーが出てきた。 「私とは?」 「もちろん」  暁がアビーの頬にキスをすると、アビーがお返しのキスを暁の頬にする。 (あ、そういうこと……)  慣れないことをされて舞い上がり、お返しのキスができなかったことを悔やむ。 「じゃ!」 「いってらっしゃい!」  暁は、コックピットに乗り込むとヘルメットを被りパイロットゴーグルを目に当てた。  係員がやってきて、「スタート位置にスタンバイをして下さい」と『AKATSUKI』号を計測器まで誘導する。 「なにするんですか?」  舞の疑問にアビーが説明してくれた。 「規定では、パイロットを乗せた重量が『698㎏以下』であることとなっている。スモーク装置を交換したから、スタート前に重量オーバーしていないか計測する」 「そうなんですか」  VIP席ではわからなかったことがたくさん出てくる。  雲霄がアビーに言った。 「これがあるから、パイロットは太れないんだよな」 「キノコばっかり食べている暁に、その心配はいらないわよ」 「暁がキノコばっかり食べているって、そういうことだったの!」  あれは暁にとって必要で大事な食材だったということだ。  アビーは、良く分かっていたから手を出さなかったということだ。  係員が数値を確認した。 「計量OK! GO!」  許可が出ると、全員後退。  『AKATSUKI』号からエンジン音が聞こえてきてプロペラが回りだした。  助走が始まる。  スピードが充分つくと、スタートゲートを目指して飛び立っていった。 「お願い! 全部順調に行って!」  舞は、コースを飛ぶ機体に向けて必死に祈りを込めた。 「スモークオン!」 『AKATSUKI』号から白い煙が出てスタートゲートを通り抜けた。 「よかった」  エンジン全開。最高時速370キロメートルの猛スピードで大空を駆け抜ける。  雲霄が舞に説明してくれた。 「1000分の1秒が勝敗を分ける、頭で考えている時間はない。すべて反射神経で操縦しなければならない。彼はそれができる稀有な才能を持ってる」 「反射神経で操縦って、考えられない」 「悩んだらパイロンに衝突だ。今までも、多くのエアプレーンがヒットしていただろ」  エアプレーンがぶつかったパイロンは大きく避けて空気が抜け崩れ落ちる。  ところが、わずか90秒で新しいパイロンが立ち上がるのだ。  この速さに観客も感動する。  4つのエアゲートを通り抜け、縦に並んだパイロンをスラロームですり抜け、バーチカルターンをし、垂直飛行をする。それを2周。  わずか1分程度の行程。それがとても難しいのだ。  大きなトラブルもなく、『AKATSUKI』号がフィニッシュゲートに入った。  メンバー全員駆けつけた。 「おめでとう!」  なんのトラブルもなく帰着したことを祝う。  降りてきた暁は、興奮しながら報告した。 「垂直尾翼を短く変えなくて良かった。途中で突風が吹いたけど、安定して直進できたよ」 「それはよかった」  舞も一番近くに駆けよる。 「暁、お疲れ様!」 「見ていてくれた?」 「ええ。しっかりと」  暁に抱きしめられて頬にキスされたけど、もう恥ずかしくない。  なぜなら、周囲はスペイン、イタリア、ドイツ、フランスなど、日本人以外ばかりで、チームメイトとの抱擁と軽いキスが当たり前だと分かったからだ。  雲霄や晴朗も、見てみぬふりをしてくれている。  アビーは、タイムを見ようと電光掲示板に集中している。  暁のゴールタイムは、「56.088」だった。  さっきより好タイムだ。  電光掲示板に8機のタイムが並んだ。  4位までが最後のステージ、ファイナル4に進めるが、暁は5位だった。 「5位?」  このままでは敗退だ。  舞はショックで息をのんだが、暁は冷静でいた。 「舞、まだだ。これで決まりじゃない」 「ペナルティタイムね」  エアレースは、機体ではなくパイロットの技術勝負。そのため、さまざまなペナルティがある。  スタートゲートの侵入速度が速すぎても遅すぎてもペナルティ。  エンジンの回転数にも上限がある。ターンの速度と角度にも許容範囲がある。  最短距離を飛ぼうとしてパイロンと接触する選手も多い。  ゴールしたときの飛行タイムだけでは決まらないから、最後までハラハラドキドキする。 「見て!」  アビーが叫んだので、一斉に電光掲示板を見た。  暁の順位が『4』になっている。 「上位の選手にペナルティがあって、暁が4位に繰り上がった!」 「ファイナル4に進んだ!」  飛び上がって決勝進出を喜んだ。
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