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男性は、空色のジャケットに赤いポケットチーフ。女性は、体のラインが全部見える光沢のあるミニスカートのスーツ。
「見事なマニューバーだった!」
自分の他にも見学者がいたことに気付かなかった。
(この人たち、誰? たまたま通りかかっただけ? ううん。そんなはずはない)
ここは、近くに商業施設も民家もない飛行場。
たまたま通りかかるような場所ではない。
そして、先ほどの感想が素人じゃない。
(確か、『マニューバー』と言っていた。何のことだろう)
エアレースに詳しそうだが、それより気になったことがある。
(いつからいたの? 全部、聞かれた?)
暁は、二人を見て驚くことなく、むしろ、目を輝かせた。
「来てくれて、ありがとうございます! 晴朗さん!」
暁が丁寧にお礼を述べたので焦った。
「この方たちとお知り合い?」
「うん。スポンサーの陸野晴朗さんと、秘書の月船小春さん。晴朗さんは、IT企業の社長さんなんだよ」
「ス、スポンサー!? 社長!?」
ただの見学者じゃなくて、社長と秘書だった。
そして、暁にとっては生命線ともいえるスポンサー!
「初めまして。陸野晴朗です」
社長は、遥かに年下の女子高生にも柔らかな物腰で挨拶してくれる紳士。
それに対して、後ろの秘書はツンと冷たい顏で視線も合わせない。
「初めまして。御空舞です。あの、暁とはお友達です」
「お友達? まさか。『素敵―』とか、『恰好いいー』とか、『好きー』とか、物凄く叫んでいたけど」
「ハ?」
(このおじさん、何気に人の本音をポロリと本人に伝えた?)
誰にも聴こえていないと思って、叫んだだけなのに。本人にまでばらされるとは思わなかった。
「声を掛けたら悪いと思って、後ろからずっと見ていたんだよ」
(ヒエエ! だったら、先に声を掛けて欲しかった! 暁に知られて、恥ずかしいじゃない!)
真っ赤になっていると、暁が驚き顔で聞いてきた。
「え? そうなの?」
「あ、いや……、ちが……」
否定するのも、暁を傷つけてしまうかと思い直した。
「恰好いいと思ったのは、本当で……」
正直に感想を伝える。
「でも、違うんです。ファンです! ファン!」
社長が、楽しそうに言った。
「暁にファン第一号ができたか。良かったな」
「えー!?」
暁が不満そうな声をあげたので、舞は思わず詰め寄った。
「私がファン第一号じゃ、イヤなの?」
「いや、そうじゃないよ」
暁が困っていると、社長が笑って言った。
「ああ、違った。訂正する。暁のファン第一号は私だった。ハッハッハッ。君は二号ね」
子どもみたいなことを言う社長だ。
後ろの秘書は、面白くなさそうな顏をしている。
暁が理由を説明した。
「舞、今日はテスト飛行も兼ねていて、出来を見てもらおうと晴朗さんに声を掛けていたんだ。忙しい人だから来てもらえるかどうか微妙だったんで、舞に言うのを忘れていた。ごめん」
「そうだったの。いいの。気にしないで」
自分の方がついでの見学者。スポンサー様ならそちらが最優先だ。
社長は、『AKATSUKI』号の周囲をグルリと歩いて眺めた。
「次のレースまでに調整は間に合いそうかな?」
「はい。大丈夫です。本番にはばっちり調整して出場できるでしょう」
「うちのロゴは両翼に入るかな? それとも、胴体かな?」
「どこでも、お好きな場所で結構です」
スポンサーに気遣う暁を、大変そうだなと思って見ていた。
「月船君、デザイン会社に候補をいくつか出すように伝えてくれ」
「承知しました」
秘書がスケジュール帳を見ながら言った。
「社長、そろそろ、次の予定に向かうお時間です」
「分かった。じゃ、暁、本番も期待しているよ」
「はい。任せてください。本日は、ありがとうございました」
社長と秘書は、ドライバーが待つ高級車に向かって揃って歩いて行った。
暁は、車が見えなくなるまで見送った。
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