ピーチ

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ピーチ

【桃】…バラ科モモ属の落葉小高木。春には五弁または多重弁の花を咲かせ、夏には水分が多く甘い球形の果実を実らせる。中国原産。食用・観賞用として世界各地で栽培されている。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋)  表面には柔らかそうに薄い産毛が生えている。その内側に、薄い赤から香り立つような黄色へのグラデーション。  点を集めて描いたような、太陽の光をいいところだけいっぱい浴びたような果実だ。  柔らかそうで優しそうで、まるで可愛い女の子のほっぺたみたいだ、なんて。 「わー、なんかほっぺたみてぇだなぁあ、女の子のな」  夏生が笑った。君もそう思ったか。  俺達は指先で二つの桃を触って、うわぁ、うわぁと歓声を上げる。  桃を食べた事はあるけど大体缶詰だし、生にしたって母さんや姉さんが切ってくれたやつだ。まるごとの桃を触る事なんて、ほとんど初めてだった。  産毛が柔らかくて、幸せそうな色合いに、俺達はすっかり魅了されている。  何でも、夏生の親戚の誰かが桃狩りに行ったとかで。一箱送ってくれたのだそうだ。 「……かわいーよなあ」 「柔らかいね」 「オレ、モノホンの桃さわんの初めてだぜ」 「俺もだよ。夏生。これ、後で皆で食べるんでしょ?」 「うん」  夏生は頷いて、日に焼けた掌でやわやわと桃を撫でた。  食べるんなら、あんまり触らない方がいいんじゃないかなあ。言っても聞き入れなさそうだけど。  そんな風に思っていると、急に夏生がくるりと俺を見た。 「なー、ひばり」 「何だい?」 「桃って、ほっぺたみてーだよな」 「うん」 「……気持ちよそうだよな?」 「そうだね」 「……みんなにはナイショなっ」  言うが早いか、夏生は俺の返事も待たずに手に持った桃を自分の頬にスリスリした。  あ、いいな、ちょっと気持ちよさそう……そう思った瞬間。 「……ィダッ!」  夏生は飛び上がって、桃を顔から離す。俺は驚いて彼の顔を凝視した。 「ぅわ、ひひ、ひ、ひばり! オレのほっぺ、なんか刺さってねぇ?!」 「え? ぇえ? いや、何も刺さってないけど……」 「うおー、これ、桃、ほーずりしたら死ぬほどチクチクした! さらさらの産毛が全部頬っぺたにささんの! イッテェー!」  夏生は涙目で桃を睨んだ。へぇ、意外だ。こんなに女の子のほっぺみたいなのに……。  すると夏生は何を思ったのか、凶器の桃を持ったまま部室の外へ飛び出して、叫んだ。 「そーしゅん! あーおーきーそーしゅんー!」  するとすぐ近くで「何だよー大声で呼ばなくても聞こえてるっつの」と言う呆れた声。  もうすぐ彼も、桃の柔らかなトゲに刺さって飛び上がるんだろうな。  けど、本当にそんな風に見えない。  『桃色』という言葉に似合う、柔らかで優しい色と感触なのにな。……気持ちよさそう。俺はゆっくりと、手に持った桃を自分の頬へすりつけた。 「……ィタッ!」 (皆さんは真似しないように!)
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