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たいやき
「ねね、石ちゃん。帰り、どっかよってかなーい?」
部活の終わった部室で、着替えながらそう皐月棗に声をかけられた。制服の上着に腕を通しながら、石菖青葉は答える前に首を傾げてみせる。この腐れ縁が何処かに寄ろうと言うのは、イコール、何か食べて帰ろうと言う事であって。ロッカーの扉をパタンと閉めてから、青葉は答えた。
「……何が食べたいんですか?」
質問を質問で返せば、同じように着替えていた棗はにっこり笑う。
「さっすが、石ちゃん。なんか食べたいってわかってた?」
「そりゃまあ……」
ニコニコしている腐れ縁の顔をじっと見つめてから。ふっと青葉も微笑う。
「何か食べたい時って……君、そう言うじゃないですか?」
「そう?」
「はい。私、先に出てますから……」
部室の入り口で鞄を肩にかけ、着替えが終わったらしい棗を待つ。挨拶をしてくる後輩に応えながら、青葉はスマートフォンを出そうとしたが手が冷えると思い直し、ぼんやりと空を見上げる事にした。
沈む夕陽の織りなす色は、それぞれの季節で、独特だ。薄い雲が出ていない今日の西の空には、一番星が輝き始める。その規模は小さくも力強い光に、目を奪われる。そして思い出した。今は居ない、先輩達に誘われて良く寄り道をした事。その時も、空にはこんな風に一番星が輝いているのを見ていたはずだ。
「おっまたせーっ」
最後に出てきた棗の声と部室の鍵をかける音が、やけに大きく聞こえた気がした。振り向かずに「うん」と答える。商店街まで二人で検討した結果。今日は二人とも甘い物が食べたい気分で、偶然青葉がクーポン券を持っていた事もあって、三角屋根のお店に足を伸ばす。パラフィン紙の袋に包まれて渡される、皮はアツアツ、中はトロリなたいやき。棗は王道のつぶ餡で、青葉はハイカラなカスタードを選択した。それをはふはふと歩きながら湯気と共に食べる。
自然、頭に思い浮かぶのは。色彩豊かな声、懐かしい後ろ姿。いつもいつも、賑やかで。真面目な事も下らない事も命がけのような情熱を注いだり、それを止める事に躍起になって結局は大騒ぎ馬鹿騒ぎ。いつも、そんな寸劇の連続のような調子で。それでも努力する事さえ、楽しんだ先輩達。それぞれの歩き方から、買い食いのこだわり、声の調子まで覚えている事に、思わず足を止めた。
「どしたの? 石ちゃん」
「……思い出して、ました」
「……ああ、先輩達のこと?」
「ナツさんもですか?」
「当たり前だよ。いつも一緒にいたんだもん」
再び、歩みを進める。二人で、懐かしい話をしながら。楽しかった事、悪戯されて見事に引っかかったあの時の気持ち。逆に、自分が荷担した時のわくわく感。どれもちゃんと思い出せて。
「ねね、僕達もさ。後輩ちゃん達にこうやって思い出してもらえるよーな先輩になりたいもんだね」
「……ナツさんなら、なれるんじゃないですか」
「石ちゃんだって」
「私……? 私は無理じゃないですかねえ」
「そんなこと無いよっ! もー自分で思ってるより、石ちゃんってば、優しいくせに~」
「……そうだと良いんですけど」
「そうだよ。絶対に!」
白い息を浮かべながら、夜空に瞬く一番星に、願いをかける。大好きだった先輩達を、また追いかけようと心に決めた日。
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