さあグイっと

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さあグイっと

「夏生クーン、頭から湯気出とるで」  独創的な癖がついたブルネットの髪の少年は息切れしつつも、そう隣の少年に話しかけた。 「あー? それならアゲハとかはすごそーだな、髪長いし」 「さっきチラッと見かけたけど、涼しそうなもんやったで。やっぱ美人は汗かいても他と違うわ」 「えーうらやましーなー」  話しかけられた黒目黒髪の少年は、暑さの所為かいくらか渇いた笑い声を立てた。ロードワークから帰ってきたのが、午前八時。朝の早い内にすませておかないと、大変な事になる。それでも、気温は鰻登りだ。ぐんぐんと上がっていく。  そうなればもちろん、帰ってきたそれぞれが汗だくでいたのは当たり前で。ぐったりと木陰で寝転んでいた炎天堂夏生(えんてんどうなつお)が口を開く。 「たんごー、オレ、のどかわいたー」 「部室にポカリなら、置いてあったなあ」 「取ってきてくれくれー」 「何でやねん。自分でとってくればええやろ」 「オレ、今足が痛くて動けねー。だから鍛吾が行ってきてくれ」 「……はー、我儘やなあ」 「だってよー、鍛吾、チョー優しいし」 「しゃーないなあ……」  呆れたように言って鍛吾は立ち上がる。いわゆる、パシリだという事に気付いていないのだろうか。しぶしぶながら部室に入っていった。暫らくして戻って来た彼の手には、明らかに夏生が所望していた物ではなかった。だがワンマンだが基本的に人を疑わない夏生はそのまま受け取って一口飲んだ。そして叫ぶ。 「うそつきー! ポカリじゃねーじゃん!」 「誰かが飲んでもたみたいでなあ、それで我慢しとけ」 「オレ、ポカリ飲みたかったー! 誰だよ、飲んだの! バッキャヤロー!」  文句を言いながらも、何故か腰に手を当ててそのペットボトルのさんぴん茶を一気に飲み干す。その様子を、鍛吾は口をあんぐり開けて見ていた。 「信じられへん、ラッパ飲みで全部飲んでまうとか」 「あーにげー……ビールとか飲みてー……」 「は? 絶対にアカンやつやろ! キャプテンにばれたら一本背負いとランニング追加やぞ。……あれ? キャプテンやないけど……黒松パイセンや、すんませーん!」 「ちょ、おい! ふざけんなよ!」  鍛吾が見つけたのは、風紀委員会のパトロールで校内を回っている黒松歌留多(くろまつかるた)だった。キャプテン以上に規律に厳しい彼女に、飲酒が露見しては叶わない。  焦る夏生と溜飲を下げる鍛吾。しまいにはげらげらと二人で楽しそうに笑っているのを、鍛吾に呼ばれた歌留多は不思議そうにその馬鹿騒ぎを静観していたが、呼んだわりには一向に話があるわけでもなく。自分には理解できない事だと悟ったのか、大きな溜め息を残して校舎に入っていってしまった。まあ、英断かもしれない。  さてさて、誰にとっても暑い時間はこれからである。
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