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春を待つ食卓
春を待つ。沈黙と忍耐の季節がそろそろ報われる頃。ぽかぽかとした、春本番さながらの陽気が漂う、とある休日。オレンジ色の渡り廊下を、黒髪の少年と金髪の少女が、何か荷物を抱えて進んでいく。
芝生がある中庭に、赤と白のレジャーシートが敷かれる。黒髪の青年――黄桜梅園と、金髪の女性――陽炎春猫は、どうやらランチの準備をしている。双方の友人達は、揃いも揃って用事があるらしく寮には不在で。それならばと、二人はある計画を実行に移していたのだ。
「梅園、そっちは大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です」
よいせと言う掛け声と一緒に、クッションと数枚のお皿が並ぶ。今日のお昼は、イタリアン。春猫がメインのパスタ料理を作り、梅園が軽食を担当した。
春猫が先日の誕生日にプレゼントされたペンネの大袋を使った、アスパラガスのレモンバターソースパスタ。生ハムとチーズをのせたブルスケッタ(軽く焼いたパンに大蒜を擦りつけ、具を載せて食べる軽食)に、新玉ねぎとゴーヤのマリネ。春野菜のミネストローネ。デザートの果物がわらわらお供について、なかなか豪勢なこと。
規模は小さいが、にぎやかな楽園に、二人とも満足そうな表情だ。蝶の装飾が美しいカットグラスにガルヴァニーナ(イタリア産の天然ミネラルウォーター)を注ぐと、炭酸の心地よい音が幽かに聞こえた。食前のお祈りをしてから、二人でグラスをかちりと合わせる。
『Pane tostato』
暖かな春の色と、美味しい食事。柔らかな陽射しの中で微笑む、少年少女。対照的な色を持つ二人。
「幸せだなぁ」
そう満足そうに呟いた春猫に、梅園はにんまりと笑ってみせると。食器やグラスを入れて持ってきた籠の中から何かをとりだし、先輩の前に翳す。
「これがあったら、今日一日をもっと堪能できるのでは?」
その手には――光を浴びて、鈍く光るボトル。
「今日はイタリアのワインでなく、アメリカにしてみました」
「ああ、これか。おいしいよなぁ」
グラスを籠の中からもう一つとりだし、ワインのボトルを開ける。鈍く輝く瓶からは、深いルビー色の液体が注がれていく。
「ああ、飲んだ事がおありで?」
「祖父母の晩酌でな」
手渡されたグラスを受け取りながら、春猫はもう一度微笑んだ。
「じゃ、仕切り直すか」
「はい」
『Pane tostato!』
綺麗な空に、気持ちのいい音が吸い込まれていく。食卓も、春を待っている。
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