調理実習

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調理実習

 四季学園の西校舎三階の突き当たりは、調理室である。其処から、包丁とまな板が奏でる、リズミカルな音が響く。神名月藍梨(かんなづきあいり)は、隣で野菜を刻む友人の不知火椛(しらぬいもみじ)の所作を見て、感嘆のため息を漏らした。 「アンタ、ホント器用なタチよね」 「家で手伝いはするからな。藍、若布は最後に入れてくれ」 「うおっと、危なかった。ありがとね」  今日のメニューは基本的な料理――白米ご飯、味噌汁、焼き魚、野菜炒めである。しかし、いくら基本的(シンプル)でも皆は真剣そのものだった。なんせ、この料理や調理過程が成績となるからだ。椛と藍梨は、あみだくじにより同じB班になった。椛は野菜炒めを担当し、藍梨は味噌汁の具を煮込んでいる。  同じ班に女子がいると男子はサボタージュしかねないという、担当教師の采配により。男女別の班に別れていたため、二人のいるB班は全員女子生徒だ。メンバー中、一番料理の場数を踏んでいるが椛だったため、彼女が自然と班長となって、他の班員に指示をしていた。そんなわけで、残りの二人は鍋で米を炊き、魚を焼いている。 「藍は、料理をするのか?」 「たまにね。ホントは掃除と洗濯が主なんだけどね。兄貴達に夜食作ったりとか……あたしも食べるけど」 「藍らしいな。さっきの包丁捌きは見事なものだったぞ」 「ま、まあね……でもアンタみたいにはできないわ」  藍梨は味噌汁(味噌はまだ投入されていない)をかき混ぜた。芳しい煮干だしの匂いが、何とも食欲を刺激する。早くできないかと、彼女は先程からずっと考えていたりする。 「こらこら、今はテスト中だぞ」  具をつまみ食いしようとしたら、椛に止められたのは言うまでもない。 「明歌ちゃん、お米が炊き終わりましたわよ」 「ありがとう菊。じゃあ、五分ほどそのままにしておいてくれ」 「ねぇ、椛。前から思ってたんだけど、米洗ってからなんで二十分放っておくの? 炊き終わってからも五分ぐらいっていうのもさ、早く食べられないじゃない」 「二十分ほどおいておくのはお米に水を吸収させるためだぞ。炊き終わってからは蒸らしといって、艶を出すために必要なんだ。そうすると米がよりおいしくなる。藍も、食べるなら美味しいご飯を食べたいだろう?」 「ふーん、あたしとしちゃー食べられるんならなんでもおいしいと思うけど……そういうもんなの?」  納得したような理解(わか)っていないような、そんな藍梨に椛は小さく笑う。材料を切り終わり、フライパンに油をひいて加熱させる。多少のアレンジは構わないという教師の計らいによって材料や調味料は既に用意されている。明歌はそれを余す事なく使うつもりだった。よって、調理台の上には様々な野菜と調味料が並んでいる。 「なんか、本格的ね」 「せっかくだから美味しいものをと思ってな!」  どこか得意そうに椛は言って、一番熱の通り難い野菜から炒めていく。油が弾ける、軽快な音が響いた。 「やっば、早く食べたい」 「後少しの辛抱だ。藍、かき混ぜすぎはよくないぞ」 「あーっと、ごめんなさい。次は豆腐だっけ?」 「その前に味噌だぞ。でもまだ早いから、そのまま野菜を煮ておいてくれ」 「りょーかい」  藍梨は言って、時計をちらりと盗み見た。ちょうど、三時間目も終わりに近い。完成するのは四時間目に入ってからだなと予想して、そこでふと思いつく。 「ねぇ、テストって完成したらおしまいよね?」 「そうだが、どうした?」 「ふっ、完成品をアンタの弟に写メで送ってあげようと思って」 「おいおい……怒られるぞ」 「本気で怒らせると手がつけられないけど、こういう冗談で怒らせるとホント楽しいのよ? アンタも今度やってみなって」 「仕方のないやつだなあ」  ケタケタ笑う藍梨に、椛は苦笑いをする。 フライパンの中では、色とりどりの野菜が踊っていた。
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