ウェルカムサマー!

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ウェルカムサマー!

 八月某日。真夏の真昼間に出歩くのは感心しないねと、来訪者に告げようと振り返った國羽(こくう)マーガレットは、来訪者の意外なお土産に思わず噴き出した。 「稲風くん、それはどうしたんだい?」  頭には大きな麦わら帽子、右手に大きな紙袋、左手に西瓜の入ったネットを提げた安芸稲風(あき いなかぜ)は、憮然とした表情で縁側に座っているマーガレットの傍まで歩み寄る。荷物が重いのか、足取りがやや不安定だ。 「歩いていただけなのに何かこうなったっす」  稲風が大きな紙袋を廊下に置く。紙袋の中を覗き込むと、そこには、家庭用のかき氷機が納まっていた。 「かき氷か。君にしては風流だね」 「朧に渡されたんす」  近くに置いてあった座布団を手渡してやれば、稲風は黙って受け取り、その場に腰を下ろした。マーガレットは近くに置いてあった盆を引き寄せて、温くなった麦茶をカットグラスに注ぎ、稲風に差し出す。稲風はそれを一息に飲み干すと、大荷物の理由を話しはじめた。  姉に麦わら帽子を被されてからマーガレットの家に向かっている途中、まずストバス仲間である朧春喜(おぼろ はるき)に会い、いきなりかき氷機を渡されたという。当然いらないと固辞したが、相手は聞く耳を持たず、いるいらないの問答の末、恋人も涼が取れて喜ぶだろうという一言に押され、仕方がなく受け取った。  その場に居合わせた後輩の葉櫻青桐(はざくら あおぎり)には、かき氷に合うんすよと言われ、練乳を渡された。不本意ながら、かき氷機と練乳をゲットした稲風は、次に従弟の黍嵐清秋(きびあらし せいしゅう)に出会った。  稲風が持っていたかき氷機を見て、これに氷をかければ氷あずきが出来る、抹茶があれば宇治金時だろと和菓子屋で買ったという白玉小豆を差し出した。稲風も、これはありがたく受け取った。お茶マニアのマーガレットの家には抹茶がある。かき氷がちょっと楽しみになった稲風だった。礼を述べ、ついでに宿題とシュート練習を見る約束をして別れた。  マーガレットの家のすぐ手前で、近所に住む叔父叔母兄妹に話しかけられた。この二人とは小さい頃からの付き合いのため、流石の稲風も邪険に出来なかった。  食べごろだからお土産にしなさいと梅園叔父に大玉の西瓜を無理やり持たされ、スピカ叔母も乳酸菌は躰にいいのよと、これまた強引にカルピスの瓶を稲風に押し付けた。双方かさばるし、重い。突っ返す暇もなく、二人はこれから旅行だと去っていき、仕方なく稲風は重い土産を持って、マーガレットの家に現れたのだった。 「なるほど、それでコレか。何とまぁ、面白いね。さぁ、私が機械を使えるようにするから、君は西瓜とカルピスを冷やしなさい」  マーガレットは立ち上がり、上機嫌な足取りでかき氷機の入った紙袋を持ってキッチンへ向かった。それを見送ってから、稲風も黙って指示に従った。  箱を開けば、かき氷機は意外にも未使用だった。水色の、可愛らしいペンギンのデザインは明らかに親が子供のために買いそうなタイプだ。何にしても使えれば問題ないと、機械をさっと洗って清潔な布巾で拭いていると、西瓜を入れる桶を探し出した稲風が、キッチンに顔を出した。 「これに入れて冷やせばいいっすか?」 「上出来だ」  キッチンのシンクに桶を置き、西瓜を放り込む。水を張れば、夜までにはそこそこ冷えるだろう。冷蔵庫でもいいのだが、うっかり冷やしすぎると稲風が腹を壊すので、冷たさはそこそこでいい。 「機械の準備はできたから、縁側で作ろうか。器を持って来たまえ」  製氷室の氷を製氷カップに入れ、準備万端。暑いところで食べた方が美味しいだろうと、白熊を抱えるようにして、マーガレットは縁側へと戻った。戸を開け放った縁側は、暑いながらも、時おり涼やかな心地よい風が通る。しばし涼風を堪能していたマーガレットは、戻ってきた稲風の手元に目をやり、呆れの溜め息を一つ。 「稲風君。何故飯茶碗なのかね?」  氷が映える硝子の器も食器棚に数種類揃えているのに、稲風が持ってきたのは、なぜか普段使っている飯茶碗だった。 「近くにあったんで」  簡潔に、言い切った。器や盛り付けにこだわらないのが稲風だ。悪く言えばセンスがないとも言う。 「君は本当に面白い男だ」  稲風はマーガレットの言葉を無視し、茶碗に清秋からもらった白玉小豆をぶち込んだ。こうしろと彼に教わったらしい。その茶碗をペンギンのお腹の前にセットし、頭の上に乗っかっているハンドルをすごい勢いで回しはじめた。今にもペンギンが悲鳴をあげそうな、何とも嫌な音がする。その上、氷は全く削れていないのだ。 「こらこら、稲風君。力任せにするんじゃない」  その言葉にむっとして反論しようとした稲風の手に手を重ね、マーガレットは幼子に教えるようにやってみせる。片手でしっかりと固定し、片手でゆっくりハンドルを回す。ハンドルの動きに合わせて、白い雪が小豆の上に降り積もっていく。  言葉よりも雄弁なその手際に、稲風は苛立たしげにマーガレットの手を撥ねた。臍を曲げたかと息を吐いたマーガレットの手に、今度は逆に稲風が手を重ねて機械を固定し、ハンドルをゆっくり回しはじめた。頭を突き合わせるようにして、氷が積もっていくのを眺める。 「稲風君、君が押さえていなさい」  至近距離でマーガレットを睨みつけながらも(顔が赤いので照れ隠しにもなっていないが)、先ほどマーガレットが教えたようにゆっくりとハンドルを回す素直な恋人に、マーガレットは喉の奥で笑い、まるでわが子にするように、こつんと額と額を合わせて恋人を宥めた。 「分かった分かった。そのまま回したまえ」  喧しい蝉の合唱に、氷を削る規則的な音が混じり合った。せっせと削った甲斐あって、何とかこんもりとしたミニチュア雪山が一つ完成した。先ほど稲風が器と一緒に持ってきた抹茶の粉を上から振り掛ける。一瞬にして雪山が緑に染まった。その上から、練乳をかけた。 「どうぞ」  稲風が完成した宇治金時の器を、マーガレットに差し出した。氷を掻くのに思いのほか力を使ったのか、珍しく稲風の頬は上気し、かすかに汗ばんでいるようだった。 「君の方が暑いだろう、先に食べていいよ」 「アンタが先に食べて下さい。そのために持ってきたんすから」  一向に手を出そうとしないマーガレットに焦れたのか、稲風はスプーンを手に取り、氷の山を乱暴に崩して掬い、マーガレットの口元に押し付けた。やれやれとマーガレットは口を開く。すかさずスプーンが突っ込まれた。氷の冷たさが口内を刺し、その後小豆の甘さと抹茶のほろ苦さが広がった。 「うん、君の友人達は素晴らしい菓子屋を知っているようだな」  缶詰ではない、きちんと炊いた小豆の味がする。 「友人?」  稲風にもう一匙差し出しながら、マーガレットは怪訝そうな顔をした。 「この練乳や小豆をくれた子達だよ、君の友人ではないのかい?」 「……そうなんすか?」  何でもない会話のつなぎをなぜか疑問で返されてしまい、マーガレット目の前で動かないスプーンを自ら銜え込んだ。 「私が聞いているんだけどね」  未だ困った顔で考えこんでいる稲風の手からスプーンを奪い、器の中に隠れている白玉を探り出した。そのまま掬って、彼の口に放り込む。稲風は黙ってそれを食べた。再度、氷と小豆と抹茶と練乳が均等になるように掬って、稲風の口まで運べば、雛鳥のようにおとなしく口を開いた。  恋人としては、もう少し稲風の交友関係を聞きたくもあったが、これ以上つついて暴発されても面倒なので、黙って食べさせることにした。三回に一回は自分の口にいれ、あとは稲風の胃の中へ送り込む。もくもくとスプーンを動かせば、あっという間に雪山は消え去る。  先ほどまで感じていた暑さが、すっと引いていくのが分かった。縁側に目をやれば、樹木の影が長く伸びている。しばし光の庭を眺め、目を細めていると、横にいた稲風が頭を押さえている。 「頭が痛むのかい?」  かき氷を食べて頭が痛むなど子供みたいで気恥ずかしいのか、稲風はマーガレットの言葉を無視してそのまま畳の上に転がった。 「午睡ならば、何か掛けたまえ」 「眠くないっす」  とか言いつつ、すぐにうとうとしはじめた稲風に、マーガレットは手近にあったバスタオルを掛けてやった。どこからか、風鈴の音が流れてきた。昼間はかき氷、夜は冷えた西瓜が待機。夕飯は少しスタミナが付く、ドライカレーにしよう。冷蔵庫には夏の定番、カルピスが存在を主張している。 「夏を運んできてくれてありがとう」
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