おいしいものがたり

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おいしいものがたり

 神風麗虹(かみかぜれいん)は読書が大好きな少女である。その上濫読派で凝り性な彼女がここ数日、絵本に夢中になっている。絵本に限らず、児童文学と称される子供向けの書物ばかりにかかりきり。  いつになく真剣なその様子に。友人達もついつい、ちょっかいの言葉をかけるのを躊躇うほど。いくつかの思案と疑問が浮かんだが、好きにやれと見守る事にした。  自分の顔より大きい本に首を突っ込む勢いで読み耽っては、何かをノートに書き留める姿も、日常の一部になりそうなくらいの時間が経った頃。毎月、その学園には料理好きな生徒が腕を振るう食事会が開かれる。その常連の一人である、麗虹の甘美なる一日――『デリシャス・デイ)』を迎えた。  昼食を知らせる、ベルの重厚な音。お腹の虫に急かされて、少年少女たちがふらりふらりと建物のそこかしこから集まってくる。  ここ数日、気の重くなるような細かい雨が降り続く日が続いていたが。今日は朝からの晴天で。まとわりつくような湿気もなく、気持ちよい風に恵まれた幸せな日曜日。昼食の場所はパティオ(屋根のない中庭を指す)にしようと満場一致。  テーブルの用意は既に出来ていた。目の覚めるような、鮮やかなスカイブルーのテーブルセンター。ランチョンマットはそれと映えるように、ロイヤルブルーと白の水玉模様があしらわれている。セッティングを手伝っていたらしい、雨月(うづき)兄妹によって手際よく皿とフォーク、グラスなどが置かれる。それぞれが席に着いた時、麗虹が弟の夕陽を伴って今日の昼食を運んでくる。  『甘美なる一日』と言うからには。スタンダードなドルチェから、麗虹の趣向たっぷりのアレンジスイーツ作品が毎回並ぶ……はずだった。少なくとも、彼らの頭の中では。 しかし、目の前に並んだ物は。  籠に盛られた、焼きたての白くて丸い美味しそうなパン。ボウルに入ったバターや数種類のジャム。チーズの香ばしい匂いがするミニマフィン。  鍋から湯気を立てている飴色のスープには、肉団子と野菜が浮いていた。  ふちに青い線が入った平皿に焼き上がっているのは、ホイップクリームが乗ったレモンパイ。  飲み物はレモネードと二種類のハーブティー。  いささかの驚きを浮かべた表情のメンバーを見て、麗虹は満足そうにこりと微笑んで説明を始めた。 「本来なら、ドルチェで行く日なんですけど。今日はこれです」 「白パンとチーズマフィン。肉団子と野菜のスープ。レモンパイ」  そして食後に出すのであろう、テーブルの傍の台に乗っているのは、こげ茶色のクッキー。隣のクロシュ(皿を覆う銀製の蓋)からちらりと見えた、真っ白なプリンのようなもの。 「デザートは、ジンジャークッキーとブランマンジェです」  あまりに、あっさりとしたメニューに気の抜けたような表情の仲間も、恐る恐る手を伸ばし、取り分ける。しかし、口に含んだ瞬間。麗虹の従妹である夜空があっと声を上げた。 「麗虹姉さん。もしかしてずっと調べていたのは」 「ふふ、夜君はやっぱり気づいたね」  まだ訳が分からないような表情をしている仲間達に。夜空は自分の思いついた事を話して聞かせた。 「麗虹姉さんが最近読んでいた本は、絵本や児童書だったでしょう」  そして、今、このテーブルに並ぶ食事達を一つずつ見ていくと。  ふわふわの白パンは、『アルプスの少女ハイジ』。  野菜と肉団子がたっぷり入ったスープは、『おだんごスープ』。  チーズが入ったマフィンは、『ホビットの冒険』。  レモネードは、『ねえさんといもうと』、ハーブティーは、『グレイ・ラビットのおはなし』。  そして。 「レモンパイは、ほら、あなたが今こっそり読んでいる」  ちょうど正面に座っていた、双子の弟の月光の顔を見ながら夜空は言った。  そう言われて思い出す長編小説――出版された当時は児童を対象に書かれた作品ではないが、この数十年は児童文学とみなされている……。 「……『赤毛のアン』ですか……?」 「ご名答!」  突然話を自分にふられた事と秘密を暴露された事に、眉根に皺を寄せて答えた月光と、嬉しそうに麗虹は声を上げて笑った。 「絵本や児童文学に登場する食べ物は、とても美味しそうだと思った事はありませんか?」  その問いかけに、一斉に誰もが頷く。もちろん、今日のデザートも児童書から飛び出してきたものだ。  ハート型のジンジャークッキーは、『長くつ下のピッピ』。冷菓のブランマンジェは、『若草物語』に登場するお菓子だ。 「だから、実際作ってみることにしたんです! 私がずっと調べていたのはそのレシピなんですよ」 「そして、今日はその記念すべき第一日目!」 「よーく、味わって召し上がってくださいね」  全ての疑問が解けた少年少女達は、満足そうな笑顔と共に食事に取りかかる。  物語の一端を担い、登場人物に元気を与え、読者を夢中にさせる重要な食べ物達。自分達も、その世界に入り込んだような気分になりながら。美味しく美味しく頂いた。
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