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朝ごはん
朝起きて空が真っ青だと、さっきまでのグダグダした夢なんか忘れて、いい一日になりそうだと頭の中身をチューニングする事ができる。
「おはようございます、モモさん」
「おはよー青葉ちゃん」
最近の、ボクの朝の日課。ちょっとせまいけど、綺麗なキッチンに立つ桃さんに朝食をねだる事。
モモさんはにこーっと笑って挨拶してくれる。そしてもう少し待ってねと言って、器用に片手で丸いフライパンに卵を落としていた。……本当は、とろとろのスクランブルエッグの方が好きなんだけれど。お家に住ませてもらっているのに、そんな我侭を言うわけにはいかない。でも今度それとなく伝えてみたら、ぐしゃぐしゃの方も作ってくれるだろうか。
たぶん、今朝のメニューは目玉焼きとカリカリのベーコン、昨日ボクも手伝ったポテトサラダ……は夕飯のハンバーグの材料にするらしく、違うサラダを作っているみたい。あ、そういえばスピカ(ボクの従妹)の家から林檎が送られてきたんだっけ。もしかしたら、うさぎさんリンゴついて来るかもしれない。
赤と白は人をウキウキさせる。そうしたら、かなり、リッチな朝食になる。でも、フルーツをむく担当は桃さんの妹のヨウさんだし……あの人が起きてこないとわからないかも……。
どこかの洋楽をハミングしながら、朝食を作っているモモさん。その姿を後ろから眺めながら、今朝の献立を予想していく。何だか楽しい気分で、お手伝したいなと思った。暫らくキッチンでふらふらしていると、何か言いたげなボクに気づいたらしく、どうしたの? という風に首を傾げた。
「……なにか、お手伝いする事、あります?」
「ああ! 手伝ってくれるの?」
「はい」
「ありがとう~」
此処に居候させてもらっているのに、ボクはこの家に一銭もお金を払っていない。だからこのくらいのお手伝いは当然だと思うのだけれど、モモさんはボクに何かさせるという考えは全くなかったらしい。ボクの台詞に驚いてちょっと緑色の眼を見張った後、ふにゃあと表情を崩す。そして嬉しそうに笑って、
「じゃあ三人分のトーストを焼いてほしいな」
いつも外はこんがり中はふんわり香ばしいトーストを差し出してくれる、銀色のトースターを指さした。
何かこだわりでもあるのか、ここのお家のパンはスーパーで売っているような安いやつじゃなくて、パン屋さんのちゃんとしたパン。イースト菌っていうの? それがたっぷりなのかふわっふわの、それ。食パンでもクロワッサンでも、焼きたてをマーガリンをたっぷりつけて食べるとすごく美味しい。最初に食べた時、あんまりにも美味しくてびっくりしたくらい。
その時、目が合ったモモさんがちょっと自信ありげに笑ったから、きっとヒミツがあるんだろう。スプレッド(パンやクラッカーに塗って食べるもの)にも、まだまだ素敵なヒミツが詰まっていると思う。特に、果肉がたっぷり入ったいちごジャム。本当の甘い苺の味がして、すごくすごく美味しいんだもの。
いちいち小さな事にまでこだわりがあるというのは、ボクにはよくわからないことだけど。モモさんの『こだわり』は、生活に直結しているからすごくわかりやすい。彼女は食材の一つ一つまでこだわって美味しいものを探してくる、本当にすごい人だ。
ヨウさんは和食の方が好きみたいだけれど(ほかほかのお米、パリパリの海苔、昨日のすき焼きの雑炊とかも、ボクは大好き)、ボクはこの洋食の朝ごはんをとても気に入っている。
「よーちゃんは二枚食べるから、四枚焼いてね?」
「わかりました」
「あ、青ちゃんももっと食べたかったら焼いていいからね~」
「はい」
オレンジ色のトースターに、四枚のふわふわだけどしっかり弾力のある食パンをセット。あとは勝手にトースターが焼いてくれる。やる事がなくなったので、手馴れた様子で三人ぶんの目玉焼きを焼いているモモさんの元に戻る。今度はお皿を出して欲しいと頼まれた。
ボクは椅子を引っぱってきて、キッチンの棚から平らな白いお皿を三人分用意して、テーブルに並べる。……ボクがここに来たばかりの時は、モモさんとヨウさんの分しかなかった食器は当たり前みたいに三人ぶんに増えていた。きっとヨウさんが買い足してくれたのだろう。ボク専用のマグカップとお箸とお茶碗(全部ボクが好きな色)は、この家に迎えられたその日にモモさんが買ってきてくれた。
二人掛ければ充分なテーブルは、ボクが加わった事でいっぱいいっぱいになって、夕食の時のお皿なんか全部並びきらなくなった。それをおかしそうに笑ったのはモモさんで、ヨウさんはそろそろテーブルを買い換えようって、どんなテーブルにするか真剣に悩んでいた。
……そんなの、ボクを追い出せば、まあるく収まるのに。そう思うけれど、口には出さないでいた。それはずるい事だってわかっているけれど、このお家は心地いいから出て行くわけにはいかない。モモさんもヨウさんもすごく優しいし、お風呂も広くて、ベッドはふかふかで、ご飯も毎日美味しい。できる事なら、ずっとずっとここにいたいと思っている。
ぼうっとそんな事を考えながらトースターを眺めていたら、いつの間にか起きてきたヨウさんに頭を撫でられた。まだその顔はちょっと眠そうな感じ。最近伸ばし始めたらしい髪は、不思議な寝癖があちこちできている。きっとあとでモモさんに直してもらうんだろう。
「おはよう、青葉ちゃん」
「おはようございます」
「姉さんもおはよう」
「おはよー、よーちゃん」
フライパンから目玉焼きがお皿に移されると同時に、チン! という高い音がしてトーストが焼きあがる。美味しい匂いが鼻をくすぐって、きゅるる。あーあ、お腹が騒ぎ出した。ボクのお腹の虫の訴えに、ヨウさんがふきだす。そしてボクをテーブルの席に促した。二人掛けのテーブルに、他のところから引っぱってきた即席の三つめの椅子を足して、三人で囲んで、挨拶。
「いただきます」
それから、すぐに聞こえてくる、あれとって、こっち食べる? そんな、テレビの中でしか見た事のなかった朝食の風景そのままのやりとり。ボクはそれが何だか嬉しくて、その空気さえも朝食の一品みたいだと思った。ほどよく溶けたバタートーストにかじり付きもくもくと食べていると、
「いい夢でもみた?」
サラダをよそってくれていたヨウさんが尋ねてくる。どんな風に答えたら正解なのかとちょっと口ごもった後、
「朝ごはん、おいしいです」
素直に感想を言うと、モモさんは嬉しそうにニコっと笑ってボクをぎゅうぎゅう抱きしめた。
「駄目だよ姉さん、食事の最中なんだから」
「えーだってだって、青ちゃんかっわいいんだもん!」
「青葉ちゃんが困っているよ」
「ええー」
「そんな事、ないです」
確かに、抱き付かれた瞬間、少しトーストが器官に入りかけてちょっとむせたけど。それを含めてもモモさんのスキンシップは、不思議と嫌いじゃない。むしろ、好き。もちろん、ヨウさんの事も。この人達と、お家で起こる事はぜんぶ、だーいすき。
ヨウさんに止められて名残おしげに離れていくモモさんを見送って、ボクはまたトーストにかじり付いた。こんがりといい具合に焼けた、中はふわふわのトーストは美味しくて。モモさんが作ってくれた焼きトマトも人参スープも美味しくて。
ごはんが美味しいなんて思ったのは、わいわいじゃれあうモモさんとヨウさんのお家に来てからだ。おいしい幸せをかみしめながら、牛乳パックを引き寄せた。
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