登校時間

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登校時間

 幼い頃は他愛なく使ってた「好き」って言葉。  それは向ける相手が変わると意味が変わるもの。  俺はある日を境にその言葉を言えなくなってしまった。  好きって言葉を口に出すのは、怖い。 「セーンパイ、おっはよー♡」 「城崎 士綺、30秒の遅刻。あと、風紀委員へのセクハラで更にマイナス」  校門の前、毎朝恒例の遅刻検査。  風紀委員である岡安 銀は登校時間終了と同時に遅刻者のリストにチェックを入れようと視線を落とした瞬間、後ろから突然抱きしめられた。  が、これは毎度のことなので銀は抱きしめる相手を睨みつけて、呆れた声でオーバーした時間を告げ、減点する。  すると相手は不満の声をあげた。 「え〜っ!?セクハラじゃないよ!スキンシップだよ!?」 「俺がセクハラと思ったらセクハラだ」 「セクハラじゃないってばぁっ」  冷たくあしらう銀にむぅと頬を膨らませ、なおも無罪を主張するこの男。  城崎 士綺、この珎洲高校の芸能科在籍の2年生。有名メンズ雑誌で表紙を何度も飾ったことがある人気モデル。  明るい茶髪をこめかみだけ黒く染め、耳には銀の簡易なピアス、制服も第二ボタンまで開け、長袖カーディガンはぶかぶかなゆるファッション。  イケメンだからそのゆるさも絵になるので女子生徒からは好評だ。  普通科ならそのだらしない恰好を徹底的に指導されるが、芸能科は仕事の一環であるという特例でその恰好を言及されない。  更に言えば仕事等の理由であれば遅刻欠席も不問だ。  まあ、士綺の場合は純粋な遅刻が多いのだが。いつもギリギリに来て銀に大型犬のように抱きついてくる。  今回もその類なのでそれは注意すべきだと銀は毎度のセリフをビシッと言い放つ。 「と・に・か・くっ、早く門をくぐって教室に行け」 「え~っ、もっと話そうよぉ」 「さっさとしないと遅刻者リストに名前書くぞ」  ペンで指して脅しをかけると、士綺ははぁいと気の抜けた返事をしてスタスタと門をくぐった。が、なぜか踵を返すと再び銀に抱き着く。 「ちょっ」 「これで遅刻じゃないでしょ?今日も遅刻しなかったよ、先輩♡」  体を離した士綺は褒めてほしそうにニコニコする。  これもよくある光景。なぜか銀にほめてほめてと催促してくる。  その人懐こさにいつも撫でそうになる。が、甘やかしてはいけないと銀はいつも通り頭を軽くたたいた。  あまり力を込めていないので痛くないだろうが士綺はいつも通りあしらわれたことで再び不満そうな顔に戻る。 「先輩いっつも冷たくない?褒めてよぉっ」 「調子に乗るな。褒めて欲しいなら毎日こんな時間に来るんじゃねえ」 「せんぱぁい・・・」 「そんな声出してもダメだ。早く教室に行け」  甘やかすとつけあがると徹底的に冷たくしようと心に決めて、睨むように士綺を見返す銀。  すると、士綺は更にシュンと肩を落とした。耳と尻尾がついてれば確実に垂れ下がっているであろう。 「そっかぁ・・・センパイ、俺のこと嫌いなのか」 「は?」 「だから俺のこと褒めてくれないしビシビシ殴るんだぁ」 「いや、それはお前が遅刻するからで」 「でもちゃんと門に入ったよ。昨日仕事大変だったけど頑張って終わらせて、今日こそは撫でてもらうんだって楽しみにして来たのに・・・。ギリギリだったけど、頑張ってきたのに」 「いや、ならもっと早めに」 「センパイ、俺のこと、そぉんなに嫌ってんだぁ・・・」 「話を聞け。どこからそんな発想に」 「シロ先輩に嫌われてるのかぁ。あ~・・・俺もぉ生きてけないぃっ」 「だぁぁっ、嫌ってねぇから!!!」  つらつらと回りくどく責められてつい否定の言葉が口を突いて出た。  しまったと気付いた時はすでに遅く、士綺はパアッと目を輝かせている。  気のせいだろうか。無いはずの耳と尻尾が勢いよく動いているのが見える。 「ホント!?やったぁっ、嬉しい!センパイ大好き♪」  そう言うと、士綺は頬にキスして軽い足取りで走り去っていった。  ああ、また丸め込められた・・・。
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