32人が本棚に入れています
本棚に追加
信じたい。信じられない。
ガシッ。ガシュッ。グサッ。
台所から聞こえる不穏な音に扉のそばで覗き込んでいた炯羽と統馬は心配になっていた。
いつも以上に不機嫌な顔をして帰ってきたかと思えば、ただいまも言わずに台所に向かって夕飯の準備をし始め、今も誰も近寄るなとばかりのオーラを放って調理をし続けている。
ちなみにこの不協和音は勢いよく包丁を振り下ろされた玉ねぎ、キャベツ、ニンジンの音である。
そんな銀の様子を殊更心配しているのは炯羽だった。
「統馬くん・・・シロ、今日何かあったのかい?」
「昼休みに突然ああなったから俺も理由までは・・・」
見当はつくのだが確証がないので統馬も煮え切らない答えしか言えない。
炯羽は意を決して銀に話しかけた。
「し、銀~・・・野菜、というか、料理はそんな乱雑に切ったらムラが出来ちゃうよ~・・・?」
「黙ってて、父さん。今日の料理当番は俺だから」
いつもなら手を止めて振り返るのに、今日は手も止めず、背中越しに冷たく突き放す銀。
銀に冷たくされ、炯羽は心が折れてしまったようで縮こまってシュンと膝を抱えてしまった。
「最近、シロは何の相談もしてくれないな・・・。そんなに頼りないのかな・・・」
「炯羽さん、それは違うよ」
恐らく今回の場合は炯羽に相談しないんじゃなく、銀の中で今はまだそういう段階にないだけだ。
しかし冷たくされたことで心折れてしまった炯羽にこれ以上追及は出来ないだろうと統馬が名乗りを上げた。
「俺がそれとなく聞き出してみる」
「いいの?」
「炯羽さん、次の執筆中でしょ。シロのことは俺に任せて」
「ありがとう」
「でも後でご褒美はちょうだいね?」
本当は別に見返りなんて求めていないが、からかいの意味も込めておねだりすると炯羽はそのご褒美を察したのか、一気に顔が紅潮して立ち上がる。
「子供が変なこと言わないの!!!」
「どういうご褒美想像したの?いやらしーんだ♪」
「っ、銀のこと、お願いね!」
また一枚上手を取られた炯羽は腕で口を押さえて捨て台詞を吐くと部屋へ戻っていってしまった。
反応に期待してちょっとイタズラが過ぎたかなと苦笑し、統馬は気を取り直して台所へ入る。
そして銀の背中に寄りかかった。
「ご機嫌斜めですね、おにーちゃん?」
「・・・・・・いつもは絶対呼ばないくせに」
「俺は家族であり、お前の友達でもあるのでね。で?お昼からやけにご機嫌斜めだけど、どうしたの?」
軽口で理由を問うが、銀は黙り込んでしまった。
こういう時は大概、あの時のことが関係している。
「昼の城崎のアレで何思ったかはわかんねぇけど、案外早とちりかもよ」
「早とちりじゃなかったら?」
「でもあいつ、お前のこと好きって言ってんだし、少しくらい信用したって・・・」
バンッ!!!
言葉を遮るように銀はまな板を強くたたくと無言で出ていってしまった。
刺激しすぎたか。
「・・・・・・俺が思ってるよりトラウマだったんだな、やっぱ」
あの時のことはよく覚えている。
毎日毎日学校から帰ってくる度に嬉しそうだったことも、両想いだったんだと喜んで報告してきた日も、関係が知られた途端に奴が浴びせた言葉も。
そして、奴の言葉のせいで銀だけが白い目で見られ、深く傷つけられていく様も。
あれ以来、銀は笑顔を忘れ、気を張って人を寄せ付けなくなった。
自分も、炯羽もそんな銀が心配でたまらなかった。このまま、誰のことも好きにならずに孤独に生きていくんじゃないかと。
そんな時に士綺が現れ、その強引さに銀が徐々に絆されていくのを見て安心していたのに。
このままではまた逆戻りしてしまう。
「しょーがねぇな」
一肌脱いでやるか。
だが、臆病になってしまった銀にこれ以上言っても頑なになるばかりだ。
背中を押すとしたら。
「飼い犬に強引にリードを引っ張らせるか」
最初のコメントを投稿しよう!