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教室にて
「で、今日も盛大に完敗だったみたいだな、シロ」
朝の一連の流れを終え、委員会に遅刻者の報告をしてから教室に行くと、隣の席の統馬(とうま)がクスクス笑いながら話しかけてきた。
「まぁた上手く丸め込まれてあいつのペースに乗せられたって顔してるけど」
「うっさいな」
「クラスの女子たちがやっかんでたぜ?芸能人とお近づきになれていいなぁって」
ずいぶん勝手なことを言ってるなと銀は盛大にため息をついて座った。
「だったら代わって欲しいよ。毎回毎回ギリギリで来て大好きだのなんだの」
「そういうこと言うとまたやっかまれるぞ」
「俺、城崎のこと芸能科だからって優遇する気ないもん。父さんもそういう業界の人だからって区別せずに接しなさいって言ってたし」
銀の父・炯羽(けいわ)は名の知れた小説家だ。
ペンネームは西脇 炯。代表作はデビュー作の「愛し君へ」。近々、映画化も決定している。
父だけじゃない。銀の周りには芸能関係者が多い。伯父は有名な演出家で、従兄も今人気の俳優。その他、親戚にはそうそうたる名が連なっている。
そんな背中ばかり見てきたので、銀はあまり芸能界に興味はなく、ただただ堅実に生きていくため、普通科に入学した。
父が西脇 炯であることは学校内では統馬だけが知っている。
というのも。
「なるほどね。炯羽さんらしいわ」
炯羽の話題が出ると、統馬は先ほどよりも和らいだ表情で笑った。
その反応に銀は嘆息して指摘する。
「統馬、いい加減1回くらいはお父さんって呼ぶ気・・・」
「そう呼ぶくらいなら、炯羽って呼び捨てにして反抗してやる」
満面の笑顔でそう言い放つ統馬。
銀は予想通りの返答にまた深々とため息をつく。
そう、統馬と銀は血のつながらない兄弟だ。銀は炯羽の、統馬はその再婚相手の連れ子で一緒に暮らしてもう8年になる。
にもかかわらず、統馬は頑なに炯羽を父とは呼ばない。
理由は明白だ。統馬が炯羽に恋をしているからだ。
「しかし、城崎も粘り強いよなぁ。このまま押し切られて付き合っちゃえば?シロに恋人出来たら炯羽さん、きっと喜ぶぜ?」
そう言って自分のことのように喜ぶ統馬。
息子としては止めるべき、なのかもしれないが、正直、統馬とのことを反対する気にはなれない。
最初の妻である銀の母を病気で失い、再婚相手の統馬の母親は男と共に統馬を捨てて出ていってしまった。
父には幸せでいて欲しい銀としてはそこまで思ってくれる統馬に父が落ちてくれたら御の字なのだ。
なのでこれ以上言い返せる言葉はなく、それ以上追及せずに話題を変えることにした。
「恋人・・・ね。てか、俺、恋できるのかな」
諦観した顔でつぶやく銀に統馬は軽く目をみはり、そしてフッと笑うと銀の頭を撫でた。
「好きだって思えば誰でもできるだろ。大丈夫だって。少なくとも、城崎は悪い奴には見えないぜ。よくは知らないけど」
統馬の言葉に銀も内心では否定しなかった。
けど、同時に頭をもたげるのはそんな感情が生まれたとして、果たして士綺はそれを受け取ってくれるのか。
大好きの意味を、信じ切ることが出来ない。
昔、思って裏切られたことがあるから。
「統馬が羨ましい・・・。自分の好きを信じ切ってて」
「そぉ?」
「うん。・・・・・・俺も、そうなりたいな・・・」
もっと素直に、士綺の言葉を受け止められるような。
そしたらもっと、あいつに気の利いた言葉が言えるだろうか。
そう思った時だった。
教室に怒鳴り声が響き渡る。
「芸能科なんてどこがいいんだ!」
そう発言したのは普段から芸能科を目の敵にしている男子生徒だった。
彼の前には女子生徒たち。確か、芸能科の追っかけをしている子だ。
状況から察するに芸能科の奴らの話を楽しげに話す彼女たちに彼がキレたのだろう。
男子生徒はなおも発言を止めない。
「芸能科の奴らはクソだ!気を許してはいけないよ!知らないのかい?アイツらの噂を!!」
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