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姫路 朔夜という人
姫路朔夜は倖也を見る目をすがめ、わざとらしく大きなため息をついたかと思えば、持っていた出席簿を一瞬で倖也の脳天に叩きつけた。
よける間などなく、倖也はあまりの激痛にその場に座り込む。
「いったぁ・・・」
「いい度胸だなぁ、雨宮ぁ?お望み通り教育的指導をしてやったぞ」
「ひ、姫ちゃん・・・それ体罰じゃ・・・」
サボろうとした倖也が全面的に悪いのだが、あまりに可哀想で士綺が恐る恐る指摘すると、朔夜は士綺に怖いほど明るい笑顔を向ける。
こういう時は怒ってる時だと士綺は姿勢を正す。
「姫ちゃん?おいおい、城崎。年上への口の利き方がなってないぞ?先生呼ぶときは何て呼ぶんだ!?ああ!?」
「ひ、姫路先生!!」
腹からきちんと発声された鋭い恫喝に士綺はビクッと肩を震わせてきちんと名字で呼ぶ。
すると、朔夜は怒りが少し収まったのか、再びため息をつき、微笑を浮かべる。
「それでいい。お前の無遠慮さは武器にもなるが、もう少し目上に対して礼儀ってもんを弁えないと痛い目に遭うから気をつけろよ。いきなり怒鳴って悪かったな」
「は、はい・・・。でもなんで?今から数学でしょ?」
「数学の井筒先生がさっきケガしてな。自習になったって伝えに来ただけだが、サボりたいほど暇を持て余してるなら今から演技指導でもするか?なぁ?雨宮」
倖也を見下ろした朔夜から出された提案にその場で傍観していた全員が色めき立つ。
むしろその授業は生徒たちが熱望していたものだった。
姫路朔夜はこの中の誰より芸歴の長いベテラン俳優。
3歳でデビューし、子役から今に至るまで根強い人気を維持し続ける実力派。しかも俳優のみならず、舞台演出・映画監督もこなしたことがあり、アクションも出来る完璧人間。仕事のみならず、私生活も礼儀正しいと有名で業界の評判も悪くない。
その実績があるので恐れられると共に実は芸能科の生徒たちの目標でもある。士綺も例外ではない。
士綺の髪の色は姫路を真似したものだ。
そんな朔夜の演技指導が受けられるとあって、士綺たちは自分の席に戻り、期待の眼差しを朔夜に向ける。
唯一、倖也を除いて。
「くだらない。そんな授業興味ありませんので」
「おい、雨宮」
眉間に皺をよせた倖也は朔夜を押しのけて教室の外へ出た。
朔夜は呼び止めようとその背中に手を伸ばすが、倖也はその手を払い、そのまま屋上へ向かう階段を昇って行った。
払われた手を見つめ、朔夜ははぁと嘆息する。
「そんなに嫌がるもんかね・・・。ったく、じゃあ雨宮なしで授業すっか」
取り付く島のない倖也のことを諦め、朔夜は教壇に立つと、士綺たちに向かって不敵な笑みで告げる。
「さて、この中には映画やドラマに出演することが決まったやつもいるが、勘違いするなよ。お前らはまだスタートラインに立ったに過ぎない。演技に関しては全員ズブの素人だ。なので、少しでもマシになるよう、この時間は俺がビシビシ指導していくから覚悟しとけよ」
朔夜の挑発に全員が真剣な目で何度も頷く。
その様子に朔夜は苦笑した。
まぁ、演技に関してそこまで真剣になってくれるのは嬉しいが。
担任としてはその情熱を勉強にも向けて欲しいものだ。
と思うのは過ぎた願望だろうか。
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