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聞きたくなかった言葉
あれから2週間、士綺はびっくりするほど約束を果たしていた。
何度か仕事でどうしても早く来られなかった時以外は必ず10分前には登校するようになり、銀も約束通り頭を撫でてやる。
最近では朝のよく見る光景の一部になりつつあった。
また、最近の統馬のからかいのネタでもある。
「すっかり日課みたいになってきたな、シロ」
「だな。ま、撫でるだけで来るなら安いもんだからな」
「にしても撫でて褒めたら喜んで約束守るって・・・城崎ってシロにはホント忠犬だな」
昼休み、裏庭の日陰のベンチで炯羽お手製の弁当を食べていると、今日も統馬がからかってきた。
統馬の例えに銀もクスッと笑う。
「忠犬ハチ公、的な?」
「そうそう。お前と話してる時の城崎、たまに耳と尻尾があるように見えるんだよな。シロ見つけると嬉しそうにそれブンブン勢いよく振って駆け出してくんの」
「それ、俺もたまに見える。で、明日早く来られないって言うときはどっちもうなだれてる気がして面白いんだよな」
思い出してクスクス笑う銀。統馬はその様子にフッと嬉しそうに頬を緩める。
「最近、お前また笑うようになったよな」
「え?」
「あの事があってから段々笑わなくなって、ここ1年は笑顔なんてほぼなくなって仏頂面ばっかだったのに。順調に城崎に絆されてるようで」
指摘された銀は言葉に詰まった。
自覚はなかった。だが、自分より周りを見ている統馬が言うのだからきっとそうなのだろう。
でも、確かに最近毎日が楽しい。認めたくはないが、早く翌日にならないかなと思うこともある。
順調に、士綺に絆されつつある。
気付いて戸惑っていると、統馬が突然頭を思い切り撫で掻き回してきた。
驚いて見上げると統馬はニッと笑う。
「いいんじゃねぇの?もっと変わってけよ。笑ってる方が俺も炯羽さんも嬉しいんだからさ」
「・・・統馬・・・サンキュ・・・」
ああ、変わっていけるだろうか。
士綺の言葉を信じたい。偽りなんてないと、思いたい。
けれど、脳裏に昔のことがよぎる。
『おいおい、マジかよ。本気で信じてたの?俺、ホモじゃないから。少し優しくしたら変な方向に考えんじゃねぇよ、気持ちわりぃ!』
思い出してギュッとこぶしを握り締める。
中学時代、部活が一緒だった先輩を好きになった。
名前は忘れた。いや、思い出から消したと言った方がいいかもしれない。
先輩はスキンシップが過多で2人きりの時はしょっちゅう抱きしめられ、好きだと言われてキスされたこともあった。
しかし、ある日その関係が周りにバレた時、そいつはすべてを銀になすり付けた。
その上、罵倒され、銀の心はズタズタに踏みにじられた。
彼の好きは”偽り”だった。
それからは『好き』という言葉を信じられなくなった。
その言葉を信じて、もう傷つきたくない―――。
「士綺、結局どうすんの?」
トラウマを思い出し、心がざわめいていた時にその名前が耳に入ってきて銀は動揺して振り返る。
そこには士綺と恐らく芸能科であろう男子生徒がいた。が、士綺は背中を向けていて銀に気付いていない。
銀はさっきまで話題に出していたこともあり、恥ずかしくなって統馬を盾にして身を隠す。
「可愛がってんだろ。最近ずっとその話題ばっかしてたじゃん。なのに捨てるなんてあんまりじゃね?」
男子生徒は呆れた様子で士綺に問う。
銀がいることなど知る由もない士綺はその問いに頷いた。
「しょーがないじゃん。これ以上いてもっと懐かれたら困るもん。もうちょっとしたら手放すよ」
その言葉に銀は目を見開き、再びこぶしを握り締めた。
手放す?何を?
もしかして、俺を―――?
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