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「川瀬さん、予備の傘とか持ってない?」  井上先輩にそう聞かれた時、躊躇なく貸すことが出来た。それは私がいつもロッカーに置いている、“貸し出し用”の折りたたみ傘だったから。  物の貸し借りについて、母から教えられた事は沢山ある。貸すときの心得としては、返ってこなくても良い、差し上げても良い、そういう気持ちで貸す、ということ。  そういう気持ちで貸していれば、万が一返ってこなくても諦めがつく。借りた物は返すのが当たり前だと思って生きてきたけれど、それが当たり前でない人もいるのだと、時々思い知らされる。  ロッカーにはもう一本、別の折りたたみ傘を置いている。こちらはお気に入りのブランドの物で、ライトグリーンの地に小花が散らされていて、この傘なら雨でも気分が上がる可愛らしいデザインの物。この傘が返って来なかったら、ショックは大きいし、決して諦める事なんて出来ない。  そうならない為に“貸し出し用”がある。濃紺でシンプルで安価な物。たとえ、返ってこなくても良いと思っている物でも、返して貰えなかったら残念な気持ちになる。この折りたたみ傘は、こうして手元に戻って来たのだから、それで良しとしなければならないのだろうけど、こんな乱雑な扱いをされたら、やはり同じ位残念な気持ちになる。
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