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「川瀬さん、おはよー。これ、ありがとねー。」 「はい」と渡されたそれを受け取って愕然とし、咄嗟に言葉が出てこなかった。 「いやぁー、昨日は助かったわぁ。それ借りてなかったらビショ濡れになるトコだったわ。」  そう言って屈託なく笑う井上先輩の顔を、まじまじと見てしまった。井上先輩が「ん?」という表情をしたのを見て、ようやく我にかえった。 「...お役に立てて良かったです。」 「うん、ありがとねー。」  井上先輩がロッカールームを出て行ったのを確認してから、ふぅーっと大きく息を吐き出した。  井上先輩が返してきた折りたたみ傘。手にはしっとり濡れた感触と重みがある。しかも、見るからに折り目を無視した畳み方。信じられない、こんな状態で借りた物を返すなんて。  昨日、退社時刻の少し前から本格的に降り出した雨。朝の天気予報で、“お帰りの時刻には雨になります”と繰り返し言っていたので、私は長い傘を持ってきていた。だけど、出勤時には本当に雨になるのかと疑ってしまいそうなほど陽差しがあったものだから、天気予報を見ていなくて傘を持っていない人が何人かいた。  
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