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   空を覆っていた雲は夕暮れとともに去り、夜空には幾千もの星々が瞬いている。  ベランダに椅子とミニテーブルを出し、星を見ながら晩酌をする。いつもは飲酒を固く禁じる後輩だけど、「星が綺麗だから」、今日はワインを飲むことを許してくれた。2005年ものの《Mille e una Notte》。 「死んだらお星様になるって言うけれど、本当かしら」  グラスに星空を透かして問うてみる。慣れないお酒を飲んだ後輩は、眠そうな目をして頷いた。 「ええ、死者は星になります。だから、雫先輩が死んだ時ほど夜空は美しいのでしょうし、僕はそれを少しだけ期待しています。──雫先輩が好きです。死ぬこともあるのだという、その事実がとても好きです」  回らない呂律で言う後輩。 「後輩、酔っちゃった?」 「酔ってません。僕は正気で本気だ」  《だ》の発音がほとんど《ら》になっている後輩。 「はいはい、正気で本気なのね。後輩はお水を飲んでなさい」  後輩のグラスを取って、まだ半分以上残ったワインを飲み下す。 「酔っ払いの戯言だと思ってますね? 違うんですから」  私のグラスを強引に持っていって、無謀にも一気飲みしてしまう後輩。そして、 「雫先輩が好きです。僕の今までの一生にあらわれた、どんな人よりもどんな本よりも砂漠に輝くどんな星よりも月よりも、雫先輩のことが好きです」  と捲し立てる。 「どうしてそんな大事なこと、素面のときに言ってくれないの」 「素面です。真剣です。なぜ僕があなたばっかり好きなのか、今ならわかります。生きたいからだ!」  叫ぶように言い切って、後輩は倒れるようにテーブルへ突っ伏した。 「……そんなに早く寝ちゃったら、お返事ができないじゃない」  独り言ちて、私はまた永遠の名のついたワインを呷る。そして、眠る後輩の耳元に囁いた。 「後輩、私もね──」  囁く声は、月明かりに溶けていった。
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