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私を現実に引き戻したのは、後輩のキスだった。
やわらかな、春の雨のようなキスだった。
「──どうしたの、後輩」
本から顔を上げ、後輩の方を向く。首筋に残るかすかな余韻。
「雫先輩が、ここにいるのに、ここにいないから。だから、ここに連行しようと思って」
悪戯っぽく笑う後輩。でも、私はそれを現実のものとして捉えられるほど、まだ現実の感覚に慣れることができない。夢の延長のような後輩の笑みを、私は馬鹿みたいに見つめる。
「……驚いた」
「僕も、ここまで驚かれるとは驚きました」
言葉の割には驚いていなさそうな後輩は、軽やかな足取りでキッチンへ行く。彼は多分、ミルクたっぷりのカフェオレとココアを持ってくる。
モノトーンの部屋の中で、私は現実と虚構の間を漂っていた。
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