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かけがえのない人
ルキトニア王国は黒煙が立ち込めていた。ルキトニア第13代国王ラビスの弟、テラが隣国の王を殺害したことにより戦争に発展した。崩れた城の屋上の隅に、芽衣子とリュカは身を隠していた。
「腕が熱い」
震える声で芽衣子は呟いた。隣国が送り込んだ生物兵器の毒に犯されていたのだ。リュカはそっと彼女の腕に手をやる。
「動くか」
芽衣子は静かに、深く頷く。熱いと言う彼女の腕からは血が滴って、破片や瓦礫まみれの地面を赤くした。
「深呼吸だ」
リュカは彼女の口に濡らした布を当てた。彼の言う通り、芽衣子は大きく息を吸った。リュカのエメラルドグリーンの瞳が揺れている。
「トキを探して、王国を出ろ」
「リュカは?」
反射的に芽衣子は返した。
「お前の匂いで直ぐに追っ手がくる。わたしはそれを止めてからだ」
リュカは自分の首に下げていた金色の首飾りを芽衣子の首にかけた。
「私も戦う!弓なら遠くにいても射れる!」
「お前の弓に当たるのは鹿くらいだ」
芽衣子の髪の毛についた煤を払いながら、彼は笑った。
そうして彼女の足に手をやり、短い呪文を唱えた。
「トキに会うまでは持つだろう。早く走れる」
「トキに…会えなかったら…」
「会えるだろう。心の中でトキを呼ぶんだ」
リュカはそう言いながら、きつく芽衣子を抱きしめた。
「ハグ苦手なんでしょ?」
芽衣子が言った。
「これが最後になるかもしれない。そんなくだらんことは言ってられないんだ。もっと早くこうすれば良かった」
少しの間、リュカは芽衣子の体温を確かめるように抱きしめて、走れ!と彼女の耳に呟いた。煙の切れ間に向かって、彼女の背中を押した。
芽衣子は黒煙の隙間から飛び出して、大粒の涙を零しながら、建物の屋上から屋上へ飛び移った。リュカの魔法で体が風船のように軽い。
爆撃や気味の悪い真っ黒な生き物達が壊していない建物から建物へ。
「いたぞー!〝黒〟だー!」
芽衣子の後方で声がした。振り向くと、追っ手が2人、たった50メートル先にいる。隣国、チェラス王国の兵士だ。ちょうどグリフィンのような、獣とも鳥ともつかない生き物に乗って追いかけてきていた。
よそ見をしていた芽衣子は、立ち上がっていた煙の中に突っ込んで失速した。みるみるうちにその距離は縮まり、兵士の1人がなびく彼女の茶色いマントを掴んだ。
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