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一人取り残された部屋をぐるり見回す。
リビングにカーテンはなく、一人掛けのチェアーが二つとローテーブル、オットマンが一つ。
モノトーンのチェアーのうち一つは、リクライニング式なのか、フラットまではいかなくても、足を伸して座れば即眠りに落ちそうな角度で配置され、試したくなる。
いずれも木の温もりを感じるナチュラルな素材で、曲木の美しいデザインが特徴となっていた。
ベージュの床にモノトーンの家具がアクセントとなり、家主のセンスがとても引き立っている。
壁にはシンプルなデザインの時計が一つ。
北欧家具をイメージさせるような、木製の丸い時計に秒針はなく、白い空間にマッチしている。
まもなく針は五時を指そうとしていた。
目を窓に移すと向かいのビルが見えた。ポツリポツリと光が放たれている部屋からは、蛍光灯が確認できる。オフィスビルのようだ。
雨が降っているせいか、外は真っ暗で、窓ガラスには自分の姿がはっきりと映っていた。
上下スウェット姿の女はゆっくり近づくと、しっかり焦点を合わせた。
自分自身へ戒めの意を込めて。
後ろのドアが開いた。
課長を窓ガラス越しに確認すると同時に、体を向け即座に頭を下げた。
「石井課長、この度は大変ご迷惑をおかけしました」
上体を曲げ静止する。
「おお、元気になったか?」
「え? 何その返し」
私が頭を上げる前に、采さんが勢いよく突っ込んだ。そして私と目を合わせる微笑んだ。
「なかなか素敵な所でしょ? 買う気になった?」
「ん? なんの話?」
「ん? 内緒の話。そろそろスーツも乾いたかな。靴は履いて帰れそうよ。直樹、送ってあげてよ。まだ飲んでないでしょ?」
そう言って、課長の目の前で、車のキーらしき物をブラブラさせた。
「大丈夫です。一人で帰れます」
私は采さんに向かって、しっかりした声で言った。
「あら? 直樹、振られたわね」
薄ら笑いを浮かべた采さんは、私を課長と引き離すようにバスルームに連れ出す。リビングの方に目をやると扉は半開きで、体は外、顔は脱衣所という妙な体勢で、私を見据えると小声で話した。
「良かったら、今度は天気の良い日に遊びに来て。あなたと直樹のロマンティックな今日の出会いも気になるし。自慢のテラスでお茶ご馳走するから。この家の偵察もかねてね」
私の返事を待たずに、采さんは顔をスッポリ抜いた。
カゴには、私の着替えが一式と、花柄の模様を施したエレガントな名刺が一枚。
ローマ字で綴られた采さんの名前と、携帯電話の番号を目で追う。
手に取ると、自然と鼻に近づけて匂いを嗅いだ。
采さんの期待通り、全て采さんに仕組まれたかのように、私はこの曰く付き物件を購入し、私と課長の関係は大きく変わっていった。
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