金魚すくい

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「金魚すくいの金魚は弱いから、大体がすぐに死んじゃうんだ。この金魚は和金っていって、本当は飼育用じゃない金魚なんだよ。パパは金魚ならあっちにいたらんちゅうとか琉金が豪華で好きだな。ほら、あっちを見に行こうか」 そうして和田さん一家は来た方向へと戻って行った。何それ、と思う。和田さんは金魚を買って帰ろうとは言わなかった。だからあの言葉は男の子の気をそらす方便なのかもしれない。だけど彼は「金魚は飼えない」とは一言も言わなかった。たったそれだけのことが、とてつもなく悲しい。フロアの酸素が薄くなったように、息が詰まった。 彼らが向かったアクアリウムコーナーには到底足を向けることは出来なかった。帰りの電車の中で、風に流れてきた分厚い雲を見上げた。 今にも降り出しそうな空の下を駆けながら家に帰った。結局何しに行ったんだっけ、ドアを開ける。これなら近場で金魚鉢でも買って帰ればよかったねと、玄関に置きっぱなしになっていた金魚の袋を覗いた。 金魚は仰向けになって浮かんでいた。見開かれたままの黒い目玉には光がなかった。 「――ごめん、ごめん」 嗚咽が漏れた。いつだって口をぱくぱくしていた可哀想なこの子は、酸素がなくて苦しかっただろうに。 『金魚すくいの金魚は弱いから』 うん、弱い。弱いね、和田さん。だけど私はあなたにもらったこの子が本当に可愛かった。きっと私もこの子と同じくらい弱くて、きっと、同じくらい酸素が足りない。 玄関の光がオレンジ色の金魚を照らす。力を失った背びれが金色に光り、それはとても、とてもきれいだった。
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